日本国際政治学会第9回奨励賞決定のお知らせ (2016年10月22日)

2016年度国際政治学会奨励賞選出理由

 本年度の学会奨励賞は、黒田友哉会員の「EC/アセアン関係の制度化  一九六七-一九七五年」(182号)に決定いたしました。その評価については以下の通りです。

 受賞作黒田論文は、EUとASEAN諸国の関係の分水嶺となる1970年代前半をASEAN成立期までさかのぼり、EUとASEANという二つの多国間の枠組みの間での制度的関係の構築がなぜ、どのようになされたのかをECの側から明らかにした、従来の分野でいえば外交史的アプローチによる業績である。
 黒田論文の概要は以下のとおりである。ECはASEANの政治的重要性に鑑み、1971年のASEANによる東南アジア中立化構想(ZOPFAN)の提案に関心を持ったが、当時の非公式な交渉の中でそれは実現しなかった。しかしその後EC委員会対外関係担当相ソームズの努力でEC・ASEAN関係の公式な制度が議論され、国際情勢やEC自身がリージョナルなアプローチからグローバルなアプローチに転換していく中で1975年には、両地域の条約による契約関係締結までの「暫定的な期間」JSG(共同研究グループ)を設置するにいたった。
 学術的な位置づけとして黒田論文は、「暗黒の時代」と呼ばれる70年代から80年代の時期、決してECは内外の活動を停滞化させていたわけではなかったという、いわば「修正主義」の立場に分類される。そしてこの論文はASEANとの関係を切り口として、第三世界全体に行動を拡大しようとした当時のECの積極性に配慮した広い視野からの実証研究である。
 先ず、黒田論文については、伝統的な外交史的なアプローチをとったオーソドックスで手堅い業績であることで委員は一致した。英独仏の新しい外交文書を渉猟し、EC主要国の立場を綿密に分析した本論文は候補作のなかではもっとも努力の形跡が見られる論文と見なされた。
 第二に、研究動向の上では、ECとASEANとの関係の起源を整理した作品であり、我が国での研究領域の手薄な分野をカバーしている点でも高く評価された。また欧米の研究動向の中でも70年代のECの対外発展、とくにアジアへの発展についての研究は近年ようやく活発になってきており、黒田論文が国際的な研究動向をキャッチアップしている点も委員会では指摘された。
 第三に、黒田論文は説明論理の明快さ、説得性の点でも他の候補作に比べてすぐれているという意見が選考委員のなかから出された。
 ただし黒田論文には、以下のような難点があるという指摘もあった。「ASEAN」とせず、「アセアン」というカタカナ表記は本学会の他の論稿では一般的ではなく、違和感があること、表記ミス(とくに英文表記)、注記上の不注意なども散見されるというものであった。こうした点については作者の意識を今後高めてもらうことを前提にして最終的に黒田論文を受賞作とすることで委員全員が合意した。

(国際政治学会奨励賞選考委員会主任 渡邊啓貴)

第9回日本国際政治学会奨励賞受賞の挨拶

黒田友哉

 ご紹介にあずかりました学術振興会特別研究員の黒田友哉です。
 このたびは、日本国際政治学会奨励賞を受賞出来まして、大変光栄に存じます。査読に当たって下さった先生方、審査員の先生方、ならびに取りまとめをしてくださった遠藤貢先生には深く感謝いたします。
 この賞の受賞は、まさに青天の霹靂でしたけれども、受賞出来ましたということを考えると、私の狙いが部分的には成功したといえるのかもしれません。
 論文の内容と背景を少しお話します。私は、ヨーロッパとアジアの相対的地位が変化する転換期として、1967年から75年までのEC/ASEAN関係の制度化をとりあげました。そのなかで考慮したのは、まず、地域主義と地域主義間の関係を、どのように二者間関係(ECとASEAN加盟国、EC加盟国とASEAN)と関連づけるかということでした。まとめると、EC側は共通通商政策の発足という制度上の要因を背景として、EC全体としてプレゼンスを高める戦略からASEANあるいはASEAN加盟国と交渉するようになります。一方のASEANは、ECと違いそのような制度的理由は弱く、加盟国間の連帯による影響力拡大という利益から、ASEAN加盟国個別ではなくて、ASEAN全体としてECとの関係構築を図るようになったのです。このような流れで、EC・ASEANの地域主義間関係が制度化されていきました。
もうひとつの重要な論文の背景として、フランス留学を語らずにはいられません。私は、大学院時代にフランスに数年留学しましたが、そこで得た結論は、第二次世界大戦後のヨーロッパ・アジア関係が研究史上の空白であり、アジア人である私が埋めるべき立場にいるということでした。その結果、日本の修士課程、博士課程で研究していたヨーロッパ・アフリカ関係からヨーロッパ・アジア関係へと研究テーマをシフトするにいたりました。
 このようなことが拙稿の背景です。もちろん、この論文が生まれるまでに非常に多くの障害があり、それを乗り越えることができたのは、数えきれないほど多くの方の支援や日々の交流のおかげです。
 しかしながら、時間の関係上、御礼は6人に絞らせていただくことにします。まずは、大学院時代の指導教授である田中俊郎先生、学術振興会特別研究員PDの受入教授である中西寛先生、そして影の指導教授であり、いつも草稿に貴重なコメントをくださった細谷雄一先生、フランスで指導してくださった統合史家のジェラール・ボシュア先生、共著に誘い鍛えてくださった遠藤乾先生、草稿に数々の貴重なコメントをくださった山本健先生です。
 最後に、私の研究の今後の展望をお話しします。現在、英国のEU離脱決定、難民問題とEUは危機にある一方、ASEANは昨年末の一応の共同体成立で統合を進めており、以前にもまして地域統合とは何か、が問われているのではないかと思います。そのようななか、研究の蓄積が比較的すくないEU-アジア関係やEU途上国関係の研究を今後も実証的な歴史研究を行っていきたいと思っております。今後ともご指導よろしくお願いいたします。


学会奨励賞授賞式(2016年10月15日)

日本国際政治学会第8回奨励賞決定のお知らせ (2015年11月9日)

2015年度国際政治学会奨励賞選出理由

本年度の学会奨励賞は、佐藤悠子「文化大革命期中国におけるアインシュタイン批判」(179号)に決定いたしました。選考委員会での議論を踏まえた選出理由は下記の通りです。
 本作品は、中国科学技術政策のあり方を「アインシュタイン批判」をテーマにして、とくに文化大革命時期を中心にその変遷をフォローし、政治と国際社会の変容の接点について詳細に論じたものである。
 中国は建国直後の中ソ友好同盟条約締結の結果、自然科学における階級性の存在を主張し、アインシュタインを「唯心主義」と批判した。しかし周恩来は米国留学経験のある科学者を支持し、アインシュタインについても肯定的な姿勢をとっていた。そうした科学政策の見直しは、中ソ関係の悪化と大躍進政策の失敗によって60年代初頭に勢いを持ったが、その傾向は短命に終わり、文化大革命の隆盛の中で科学分野のさまざまな組織内で権力闘争が繰り広げられる中で、相対論批判という形でアインシュタイン批判が科学院を通して模索された。しかし林彪事件と米中接近は文革への不信感と中国の研究水準の遅れを顕在化させ、周恩来を中心に基礎理論研究再建の機会が訪れた。
 このように本論文に関しては、中国の科学技術政策と、政治の権謀術数・国際環境の変化をタイアップさせたアプローチの面白さを全委員が評価した。周恩来の一貫した基礎科学理論研究支持とアインシュタイン評価の姿勢に対して、毛沢東の配下で、一時期党内序列で周恩来に次いで第四番目の地位にいた陳伯達の相対性理論批判と政治勢力の帰趨におもねった立ち位置が対照的に論じられている本論文の構成と論述は、本作品のストーリー性とともに、科学技術政策と、その背景にある権謀術数の関係を精緻に、かつ説得力をもって描きだしている。そうした点が本論文の成功を可能にしていると評価した。
また四半世紀ぶりに本学会の特集号となった科学技術をテーマにした号にふさわしい内容であること、論文としての完成度の高さは筆者の技量を示すものである、という点で審査員は一致した。
本論文は、メモワールや研究書などを中心とする研究である。それゆえ一次史料や中国での研究事情などへの論及が十分であるのか、という意見も出されたが、邦語の研究としての秀逸性を評価するという点で合意した。また新しい研究分野であり、当該領域での関連研究も少ないことから、この作品について研究動向上の位置づけが難しいという見方が複数の審査員から出されたことも最後に付記しておく。

上記の理由により、佐藤論文を受賞作とした。

(学会賞奨励賞選考委員会主任 渡邊啓貴)

受賞の言葉

佐藤悠子

 この度は、『国際政治』誌上に論文を発表することができただけでなく、このような名誉ある賞までいただきまして、望外の喜びに存じます。
 査読をしてくださった先生方、奨励賞審査委員会の先生方に、まず御礼申し上げます。
 私は現代中国の政治と科学の関わりについて研究をしております。今回の論文では文化大革命期の中国において一時盛り上がりを見せた、物理学者アルベルト・アインシュタインとかれの相対性理論に対する批判について論じました。文化大革命期には、西欧への親近感や人的つながりを有することも、理論物理のような専門性の高い学問領域も批判される対象でありました。アインシュタイン批判の中心にいたのは北京ではイデオローグの陳伯達という人物ですが、かれが権力闘争に敗れ、後ろ盾である林彪も失脚し、中国は米中接近も果たすという1970年代はじめの国内外の情勢の大変動のなかで、アインシュタイン批判は急速にしぼんでいきます。そして基礎科学研究の再建を重視する周恩来と、文化大革命で不遇をかこっていた、西欧留学経験者を中心とする理論物理学者たちの結びつきにより、米中科学者の交流の急速な深化と、相対性理論から導かれる高エネルギー加速器建設へと舵が切られたのでした。
 この一連の過程には、一つ目には科学者をふくめた知識人の処遇、二つ目にはとくに米国を中心として諸外国との関係をどうするべきかという中国近代史の大きな問題がかかわっています。さらにいえば、20世紀における巨大化した科学研究と国家とのかかわりという問題も重なっていたことを本論文では主張しています。
 この論文をお読みいただいた先生方、編集担当の山田敦先生、大学院時代より指導教官としてご指導いただきました北岡伸一先生に感謝申し上げます。
 今後も、この賞をいただいたことを励みとして、研究に精進してまいりたいと存じます。


学会奨励賞授賞式(2015年10月31日)

日本国際政治学会第7回奨励賞決定のお知らせ (2014年11月20日)

日本国際政治学会第7回学会奨励賞の選考報告

 2014年度(第7回)の学会奨励賞は、石田智範「日米関係における対韓国支援問題、1977―1981」(『国際政治』176号)に決定しました。
 学会奨励賞選考規程に基づき、選考対象となった論文は、合計22篇(2013年度に発刊された『国際政治』及びInternational Relations of the Asia-Pacific所収)でありました。
 9月9日に開催された学会奨励賞選考委員会において、「選考の手順」に基づき、第一段階審査では、上記の論文1篇のみに一定の基準をクリアする点数が与えられ、第二段階審査では、この論文を対象に、学会奨励賞に値するかについて、多面的な評価と議論を行い、その結果、出席した審査委員全員の一致した意見として、石田智範論文を受賞論文に推薦するに至り、9月23日の理事会にて承認されました。
 石田智範論文は、日本の対韓支援問題について、朝鮮半島をはじめアジア太平洋における安全保障の負担の分担をめぐる日米間交渉の一環として捉えつつ、その政策決定過程を実証的に分析したものであります。日本の対韓経済支援が安全保障の必要と明示的に結び付けられるのは、全斗煥政権の要請に端を発し、1983年に中曽根首相の政治決断で実現することになる総額40億ドルの「安保経済協力」が最初の例となります。この論文は、いわばその前史に当たる1977~1981年の米国内の政策決定および日米間の外交交渉過程に焦点を合わせることで、その意味や文脈について、新たな解釈を試みています。従来の研究や文献では、この「安保経協」について、日韓の外交交渉や中曽根首相の政治決断が主に強調されました。それに対し、この論文は、1970年代後半以降、日米間で展開された「同盟の負担分担」をめぐる交渉過程で、日本の防衛力増強、在日米軍駐留経費分担の拡大、戦略的要地への経済支援の拡充などの3つの間の「配分」と「連携」が争点であったという枠組みを提示し、その中に対韓支援問題を位置づけています。
 この論文は、以下の点で高い評価を得ました。第一に、問題提起、先行研究との関連、分析枠組みの提示、論点の実証など、論文構成の明確さです。限られたスペースの中で、独創性のある分析枠組みを提示し、多様な要因に目配りしつつ、実証的かつ包括的な解明を試みた点で、他の論文に比べ、優れていると評価されました。第二に、日米間の外交交渉のみならず、米国内の政策決定過程について、政策担当者のレベルにまで踏み込んで詳細に分析している点です。具体的な知見に加え、対韓支援問題をめぐる米国の対日・対韓政策の全体像を示した点も評価されました。第三に、日本における近年の外交史研究の共通した特徴ですが、マルチ・アーカイヴァル研究としての高い実証性であります。日米韓の外交文書を幅広く利用することで、新たな事実の発掘のみならず、立体的な視点の提示にも成功しています。

(学会賞奨励賞選考委員会主任 李鍾元)

受賞の言葉

石田智範

 このたびは第7回学会奨励賞の栄誉を賜り、誠に光栄に存じます。学会ならびに選考委員の先生方、編集、査読の労をおとり頂いた先生方に厚く御礼申し上げます。私を一から鍛え上げ、ここまで導いてくださったのは指導教授の添谷芳秀先生です。御礼の気持ちを添えて受賞の報告ができますことを、心より嬉しく存じます。
 私はこれまで、戦後日本の対朝鮮半島外交について研究を進めてまいりました。受賞論文は、1970年代後半に日米で同盟の負担分担が問題となった際、日本の韓国に対する支援のあり方が大いに争点となったことに着眼し、その意味合いについて実証的に考察したものです。それは同時に、日本の対朝鮮半島外交において対米関係上の考慮が要因としていかに作用していたのかを明らかにすることでもあります。しかし、戦後日本の対朝鮮半島外交は、もとより対米考慮のみで語り尽くせるものではありません。今後は他の側面、とりわけ北東アジアの地域秩序をめぐる日本の志向性との関連についても、考察を深めていきたいと思っております。
 戦後における日本と朝鮮半島との関わりに目を向けますと、それが含意する政治事象の広がりと深さに驚かされます。日本の内政との関わり、朝鮮半島を舞台とする政治の特殊性、米国の東アジア政策のダイナミズム、グローバルな国際秩序の普遍性と特殊性。これら諸相の重なりを前に、ようやく入口を見つけた思いです。それぞれに先達の研究に教えを請いたく、一層のご指導とご鞭撻を賜りますよう何卒宜しくお願い申し上げます。
 このたびの論文を書き上げるにあたっては、多くの方々のご学恩にあずかりました。また何人かの先生からは、公刊後に丁寧なコメントを賜りました。論文の随所に、おひとりおひとりのお言葉が思い返されます。ここにあらためて深く感謝申し上げますとともに、このような学術文化の恩恵に浴した一人として、その継承に努める責任を感じております。
 昨今の東アジアは難しい局面にあります。日本をはじめ関係各国が一つ一つ賢い選択を重ねていく上で何かしら資するところがあればと願いつつ、引き続き基礎研究の積み上げに精進していきたいと存じます。


学会奨励賞授賞式(2014年11月15日)

国際政治学会第6回奨励賞決定のお知らせ (2013年10月31日)

国際政治学会第6回奨励賞決定

選定にあたって

 2013年度(第6回)の学会奨励賞は、崔慶原「日韓安全保障関係の形成―分断体制下の『安保危機』への対応、1968年」(『国際政治』170号)に決定しました。
 選考対象となった論文は、合計22篇(2012年度に発刊された『国際政治』169号、170号、171号、172号、及びInternational Relations of the Asia-Pacific, Vol. 13, No. 1, 2013)でありました。
 9月19日に開催された学会奨励賞選考委員会において、第一段階審査では、2篇の論文に同じ点数の高い評価が与えられ、第二段階審査では、この二つの論文を対象に、多面的な評価と議論を行い、その結果、出席した審査委員全員の一致した意見として、崔慶原論文を受賞論文に推薦するに至りました。
 崔慶原論文は、1968年のいわゆる「安保危機」をめぐる対応の中、日韓の安全保障関係が形成され、それが後に「安保経済協力」と呼ばれる日韓安保協力の起源となった過程を実証的に解明したものであります。崔論文は、1968年を朝鮮半島情勢においても一つの転機として位置付けています。つまり、北朝鮮の特殊部隊による青瓦台(韓国大統領府)襲撃や後方浸透など、全面戦争ではないが、武力による「間接侵略」という新たな脅威が台頭したという点です。それに対し、全面戦争への抑止を根幹とする米韓相互防衛条約体制を補完するものとして、警察装備支援を中心とした日韓の安全保障協力の可能性が日米韓の間で模索され、佐藤政権も「武器輸出三原則」を迂回する形で、警備艇の提供方針を固めたが、最終的には韓国の国内政治や「対日不信」により、実現には至らなかった過程が詳細に分析されています。しかし、その過程で、日韓間で安全保障においても「協力可能な領域」を見出そうする発想が形成され、後の「安保経済協力」につながる「初期の事例」と位置付けています。
 この論文は、以下の点で高く評価されました。第一に、関係各国の一次史料を幅広く渉猟した実証性の高さです。1960~70年代の朝鮮半島をめぐる国際関係については、各国の外交文書を用いた実証研究が活況を呈していますが、その中でも、崔慶原論文は、米韓でなく、日本の外交文書をも詳細に調べ、新しい知見を提示しています。第二に、分析視点においても、従来の研究が米国の働きかけや北朝鮮脅威認識などに焦点を合わせているのに対して、日韓の政治状況や政策決定過程を明らかにしようとした点であります。こうした作業を通して、崔論文は、日韓の安全保障関係における変化と連続の構図を実証的かつ概念的に描き出すことに成功しているといえます。
 今年の審査においても、問題関心の多様性や分析の水準などで、意欲的で優れた論考が多かったというのが選考委員の共通した印象でありました。ただ、掲載論文の長さの制約もあり、理論、歴史、地域研究、イッシュなどの分野間で評価基準が異なる傾向は今後の課題として付言しておきます。

(学会賞奨励賞選考委員会主任 李鍾元)

受賞の言葉

 このたび、第6回学会奨励賞をいただける、この上ない栄誉を賜りまして、本当にありがとうございます。選考委員会の先生方、そして、投稿論文に対して有益なコメントをくださった査読者の先生方に心よりお礼申し上げます。何よりも、これまで指導してくださった、小此木政夫先生に感謝申し上げたいと思います。
 今回の受賞論文は、韓国社会に混乱を引き起こし経済発展を妨害しようと、北朝鮮が武装ゲリラを韓国に頻繁に侵入させていた1960年代末を扱ったものです。従来の全面戦争の脅威とは異なる「間接侵略」という新たな脅威が出てきていました。それに対し、日韓両国は、アメリカとの同盟で全面戦争を阻止できるとした上で、ゲリラ掃討に当たる韓国警察の装備強化への協力を模索します。日本政府内では、「武器輸出三原則」との関連性をめぐり、外務省や通産省、法制局を巻き込んでの議論が展開されましたが、協力に前向きな外務省と当時の政権による政治判断で韓国警察の装備支援をする方針を固めました。
 本論文で、私は、アメリカとの同盟関係を共通基盤としながら、日韓両国がどのように安保脅威を特定し、協力可能な領域を見出していったのかを描こうとしました。アメリカとの同盟から生まれてくる構造的な安保関係にとどまらない、日韓安保協力の潜在性がそこに示されていると思ったからです。当時の日本外務省が評価したように、この過程を通じて両国の間に「地域的連帯感」が生まれ、それを土台に「安保経済協力」が重視されるようになりました。
 その後、日韓は70年代の地域秩序の変動の中で、ともに核兵器を持てない国であること、またアメリカとの同盟なしには安全保障は確保できない、という両国の置かれている状況を確認しつつ、協力を模索しました。
 最近、日韓の間ではご承知のように政治摩擦が続いています。しかし、日韓を取り巻く東アジア地域秩序からみれば、両国は様々な共通課題を抱えていると思います。共通基盤を認識しながら、協力可能なアジェンダをどのように設定し、それをどのような形にしていけるかが問われています。この困難な作業に一研究者として、貢献していけるのであるならば、幸いでございます。今回の受賞を励みに、今後、より一層精進していきたいと存じます。
 どうもありがとうございました。

(崔慶原)  


学会奨励賞授賞式(2013年10月26日)

国際政治学会第5回奨励賞決定のお知らせ (2012年11月1日)

国際政治学会第5回奨励賞決定

選定にあたって

 学会奨励賞選考委員会は、2012年度(第5回)の学会奨励賞を、山尾大「反体制勢力に対する外部アクターの影響」(『国際政治』166号)へ贈ることを決定した。今年度の選考対象となった論文は、全部で25篇(2011年度の発刊された『国際政治』165号、166号、167号、168号、及び International Relations of the Asia-Pacific,Vol.11, No.2, 3, 2011所収)である。第一段階審査では、委員の評価が分かれ、山尾論文が相対的に高い評価を得た。第二段階審査では、山尾論文に絞って最優秀論文にふさわしいか、選定を行った結果、委員全員が一致して山尾大論文を推すことになった次第である。

 本論文は、大きな体制転換を経験した紛争国において、新政権を担う勢力が、亡命期に外部アクターから受けた影響が、国家建設の過程で内政にどう作用しているのかという問題を、イラクを事例にして分析したものである。2003年、米軍の侵攻によってバアス党政権が崩壊したイラクでは、元亡命イスラーム主義政党による連立政権が成立したが、連立の中心を占めるイスラーム主義政党間での対立が激化している。本論文では、このイスラーム主義政党間での対立を、各政治勢力が亡命期に受けた歴史的影響、そして国際政治における外部アクターからの影響に着目し、こうした外部アクターの影響が、国家建設期の「再建すべき国家のあり方」をめぐる対立の根本的な原因となっていることを明らかにしている。

 この論文は、特に以下の点が評価された。第一に、イラクにおける政治対立という複雑な問題を、それらが反体制勢力として亡命活動をしていた時期の活動および外部アクターとの関係という軸で明快に整理したことである。とりわけ、「イスラーム主義の堅持」と「民主主義・ナショナリズムの受容」という国家建設における志向性の差が亡命期の活動に起因するという主張が、新たな一次資料や現地でのインタビュー調査などによって説得的に論じられている。第二に、この研究は、紛争後の国家建設における外部アクターの影響に関する議論の重要性を提示し、今後の研究への広がりを持っている。

 亡命勢力が亡命期に外国で受けた影響や、帰国後の外部との関係という問題は、これまでも植民地からの独立・亡命勢力が帰還した国家建設過程などにおいて断片的に論じられてきたが、必ずしも正面から取り上げられてはこなかった。本論文では、この問題を中心論題に取り上げて、国家建設期の政治勢力の対立を、亡命期および帰国後の外部勢力からの影響という観点から解明する視角を提示し、今後一層重要性が増すと思われるこの分野の研究の展開に貢献している。第三に、本論文は、イラク政治を実証的に分析し、現在の政治対立を歴史的な背景に位置づけると同時に、地域研究を国際政治の中でとらえる作業を自覚的に行っており、当該地域の専門家でない研究者に開かれた明快な分析がなされている。国際政治研究の重要な一角をなす地域研究の価値を示した論文として高く評価されよう。

(学会賞奨励賞選考委員会主任 吉川 元)  

受賞の言葉

 このたびは、第5回学会奨励賞という大変な栄誉を賜りまして、本当にありがとうございました。何よりもまず、恩師である京都大学の小杉泰先生にご報告申し上げるとともに、これまでのご指導に深謝いたします。

 私は、2003年のイラク戦争を経て政権党となったイスラーム主義政党が、半世紀におよぶ反体制活動のなかでどのような変容を遂げたのか、その政治史の解明に取り組んできました。地下活動が長かったため、近隣諸国や欧州に散らばった資料を収集することには、大きな困難がともないましたが、多くの先生方やイラクの人々のご支援をいただき、何とか形にまとめることができました。受賞いたしました拙稿は、イスラーム主義政党が反体制期に外部アクターから受けた多様な影響が、戦後の政権運営にいかなるインパクトを与えているか、という問題を明らかにしたものでございます。

 研究を進めるにあたり、聞き取り調査や現地一次資料の精査に立脚する地域研究の方法論をとってきました。そのなかで、研究対象の実態をより良く理解するために意味ある「問い」を発掘し、そして意義ある答えを導出するにはどうすればいいか、ずっとこのことばかり考えてきたように思います。さらに、私にとって課題であったのは、内在的に掘り起こした「問い」を、学術的な理論とどのように接合していくのか、という点でありました。こうした方法こそが研究対象の理解を深める、と信じてやってきましたが、中東やイラクをめぐる国際政治の理解に少しでも新たな知見を加えることができたとすれば、望外の喜びでございます。身にあまる光栄を賜りましたことを励みに、今後より一層精進していきたいと存じます。

 最後になりましたが、常日頃よりご指導をいただいております学会の先生方、査読をしていただいた匿名のレフリーの先生方、現在の職場である九州大学の先生方、とくに松井康浩先生と益尾知佐子先生に心より御礼申し上げます。ありがとうございました。

(山尾 大)