日本国際政治学会第14回奨励賞決定のお知らせ

2021年度の学会奨励賞は、藤田将史会員の「米国のIMF利用における国内的意図―多国間組織への委任の批判回避機能―」『国際政治』第204号(2021年3月)に決まりました。以下、 河野康子・ 学会奨励賞選考委員会主任からの「講評」と藤田会員の「受賞のことば」を掲載します。

学会奨励賞選考委員会主任講評

 藤田論文は、米国の国際収支支援が近年二国間援助からIMFへの援助の委任に移行するようになったことに注目し、その理由を実証的に検討したものです。その際、先行研究が提示してきた国際要因では90年代以降の現実を説明できないとし、米国内の意思決定過程を検証しました。つまり従来、国際要因とされてきた支援の性質の変化、米国の支援能力の低下は90年代には徐々になくなっており、先行研究は、むしろその時期に米国がIMFを利用している現実を説明できない、としています。藤田論文が注目するのは米議会の意思決定過程です。藤田論文は、米議会が批判回避のために支援をIMFに委任するようになったこと、近年の米国に見られる急激な格差の拡大に注目しました。80年代には国際金融の自由化が進み大規模な金融危機が頻発します。米国経済への打撃を防ぐために支援は不可欠となりました。しかし他方で格差拡大によって低所得層の不満が高まり、支援は「必要性が大きいが不人気な政策」の典型になったのです。そのなかでIMFに支援の決定と実施を委任することによって、支援に対する批判を回避することが可能になった、と藤田論文は主張します。
 ここから藤田論文は、低所得層からの批判を回避するために議会がIMFを利用している、という仮説を立て、この仮説を計量分析と事例分析で検証する方法を採りました。まず計量分析では各選挙区の貧困率を独立変数とし、上下両院議員のIMF増資支持に対する貧困率の影響を測定しました。藤田論文は、上院では貧困率が高いほどIMF増資への支持が高まること、しかし下院では必ずしも貧困率が有意な効果を持たなかったことを実証しました。全般的に見て下院の野党を除き格差はIMFに支援を委ねることへの議員の支持を高めた、との結論を出しました。次に藤田論文は、補助的に事例分析の手法を用いることで格差が議会の二国間支援に対する支持を低下させたことを確認しています。
 こうして藤田論文は、まず最大の支援国である米国が格差拡大の結果IMFの利用によって支援を可能にしたこと、次に米国の支援政策に対して議会が重要な役割を果たしたこと、最後に、国際制度論一般について多国間組織への委任を批判回避に利用できること、の三点を実証的に明らかにしました。このように藤田論文は論旨が明快であるだけでなく、方法論についても計量分析と事例分析をバランスよく組み合わせることでオリジナリティの高い成果を生み出すことに成功しています。その前提として、先行研究のレビューを手堅くまとめた上で残された課題を問題提起した点、今後の米国のIMFその他国際金融機関に対する姿勢を理解することに貢献した点、国際制度論一般についての有意義な理論的示唆を行った点などが委員会メンバーの間で高く評価されました。以上の観点から、奨励賞審査委員会として藤田論文を奨励賞候補として推薦する次第です。
 最後に今回の選考では多くの力作に接しました。受賞を逃した会員の皆様も自信をもって今後のご研究に励まれますよう期待しています。 

          
学会奨励賞選考委員会主任 河野康子

受賞のことば

 『国際政治』への掲載だけでも嬉しく思っておりましたが、このたび奨励賞をいただけましたことは、大変身に余る光栄です。まずは匿名の査読者の先生方、選考委員の先生方、編集委員会の独立論文担当だった磯崎先生、潘先生、葛谷先生に、御礼を申し上げます。
 近年、多国間の経済協調は、経済力の分散による非効率化や、市民レベルの反グローバリズムといった問題に直面しています。この研究を始めたきっかけは、そういった問題にも拘わらず、一部の多国間経済組織での協調がむしろ発展していっているのはなぜだろうか、と考えたことです。そこで、多国間組織の中でも特に役割が大きくなっているIMFに注目し、最大の支援国であるアメリカがなぜIMFの利用を拡大したのか、という問いをたてました。それから紆余曲折がありましたが、国際的には協調の必要性が増している一方で、国内的には非難が高まっているというジレンマが、多国間組織の利用につながるという仮説に至りました。そして、メキシコ危機からアジア危機にかけての過程追跡と、80年代以降のアメリカ議会の支援決定に関する計量分析の両方で、検証を試みた次第です。それが最終的に私の博士論文の研究となりましたが、今回の論文はその一部をまとめたものです。長い時間をかけた博士論文の研究で賞をいただけて、本当に嬉しく思っております。
 この研究の過程ではつまずくことも多く、ここまで来ることができたのは、多くの方々のご助力があってのことです。この場をお借りして、改めて感謝をお伝えしたいと思います。指導教員だった古城佳子先生は、不出来な学生だった私を大変辛抱強くご指導くださいました。また、本研究で扱っているIMFについては、荒巻健二先生のとても熱心なご指導のお陰で一から学ぶことができました。さらに本論文の執筆中には、湯川拓先生からも多くのご指導をいただいております。最後に、研究のあらゆる段階で、東京大学の学友との忌憚の無い議論が大きな糧となりました。
 以上のように、多くの方に支えられてきた未熟者でございますし、本論文についても様々なご批判があり得ると存じます。ですが、今回の受賞を通していただいたご期待を決して無駄にしないよう、今後もより良い研究ができるように努力していく所存です。この度は、誠にありがとうございました。

藤田将史