日本国際政治学会第17回奨励賞決定のお知らせ
2024年度日本国際政治学会第17回奨励賞は、 玉井隆会員の「ワクチン接種の政治力学――ナイジェリアにおけるポリオ根絶イニシアティブを事例に」(『国際政治』211号所収)に決まりました。以下、学会奨励賞選考委員会からの「講評」と、玉井会員の「受賞のことば」を掲載します。
講評
2023年度は7本の審査対象論文の中から、玉井隆会員の「ワクチン接種の政治力学―ナイジェリアにおけるポリオ根絶イニシアティブを事例に」(『国際政治』211号掲載特集論文)に日本国際政治学会奨励賞を授与することに決定いたしました。
玉井論文は、保健システムが十分に整備されていない途上国において、政府が特定の感染症へのワクチン集団接種の推進を試みた場合、国際社会、中央・地方政府、コミュニティ、個人という多数のアクター間で複雑な政治力学が働くことに着眼します。従来の国際保健政策に関する議論では、垂直的アプローチと水平的アプローチのそれぞれの可能性と課題が個々に議論されてきました。本稿が分析するナイジェリアのポリオワクチンの場合も、トップダウンの施策が欧米や連邦政府への不信やワクチン拒否を生むという局面がまず分析されます。そこに留まらず、そうした否定的反応を引き起こした反省から展開する、ローカルなヘルスワーカーを中心とする水平なアプローチが次なる分析として組み込まれます。そして、結果的にワクチン接種が成果を上げただけでなく、社会の周縁で取り残されていた人々を含め、持続的で広範な医療ケアが形成されたことが示されます。さらには、全てが水平的アプローチに置き換わったのではなく、ゲイツ財団をはじめとする国際社会が、ナイジェリア社会のオーナーシップを重視する形で支援を継続したという、垂直的なアプローチも並走していたことが持つ重要性も指摘されます。
著者の分析のオリジナルな点は、ワクチン接種の実施過程を垂直な力の行使と拒絶という一局面での分析にて終結させるのではなく、その経緯を長期的に追うことにより、垂直と水平の二つのアプローチが交差する中から、結果的に現地社会の利益を反映できる新たな局面が生まれる展開まで示し得たことです。プライマリ・ヘルス・ケアが放置され、マラリアや麻疹に苦しむ子どもたちにポリオ絶滅が優先されるという、植民地主義的な力の行使が生む矛盾を指摘しながらも、筆者はその批判に終わるのではなく、矛盾を乗り越えていくアクターとしてコミュニティに根づいたケアワーカーに注目します。ケアワーカーらがコミュニティの真の声を吸い上げ、それらを地域に適したケア関係の構築へと転化していった展開を、草の根での活動と政府・国際社会の働きかけの相互作用として分析するところに、本稿の特徴が示されています。
本稿が分析の対象とした、垂直と水平のアプローチを駆使する柔軟な展開は、他の事例にも適用できる普遍性を持つものでありながら、国内の対立構造や国際社会の支援など、当時のナイジェリアに特有の状況を十分に踏まえた分析であることで、説得性を持つ結論へと繋がっています。すなわち、地域研究の手法の特徴が発揮された研究であると言えます。その意味で、今回の論文は二次文献を主たる情報源として論じられていますが、末尾に示された科学研究費補助金の公表データから推測できる筆者自身による現地調査の成果が、明示的に触れられていればよかったと思われます。現地の情報源に配慮しながらも、学術的な説得性を高めるための方法について、今後さらに検討が加えられることを期待します。
上記の通り、本論文はテーマ、方法論、検証内容のいずれの点においても、従来の研究を基盤としながらも、独自な視点からの分析が組み込まれています。また、地域を知り、地域に根づいた観察を行うことの重要性と、それをグローバルなアクターとの相互作用と連関させる必要性の指摘は、重要な分析枠組みを提供していると考えられます。よって、本委員会としては本論文が学会奨励賞を授与するにふさわしい優れた論文であると判断いたします。
【学会奨励賞選考委員会】
受賞のことば
この度は名誉ある賞を頂き大変光栄に存じます。選考委員の先生方、第211号編集をご担当された栗栖薫子先生、そして査読者の先生方に厚く御礼を申し上げます。
本論文は、ポリオワクチン接種をめぐる政治力学を、ナイジェリアを事例に検討したものです。ナイジェリアはアフリカ最後の野生株由来のポリオ流行地であり、2020年にその根絶を果たしました。国際保健をめぐる情勢はダイナミックに変化し続けています。私が主に検討しているアフリカ地域においては、特定の疾患対策を重視した、政府系援助機関に限らない多様なアクターが短期的に介入する「プロジェクト」型の支援が主流です。それに対して私が今回扱った、ナイジェリアのポリオ対策が特徴的なのは、巨額の資金と人員が、継続的に投入されたこと、ナイジェリア政府がそれをコミットし続けたこと、そしてポリオワクチンを全ての子どもに接種するために、特にローカルレベルにおいて、ポリオ以外のさまざまな病気と健康に関する日常的なケアを拡充するという、極めて特異な「支援」が行われた点です。
私はこれまで、アフリカ地域における、ポリオを含めた、感染症対策についての調査・研究を続けて参りました。現在はアフリカにおいて、COVID-19流行を経て加速している、ワクチン開発・製造の技術移転に着目して調査を進めています。これまで、アフリカは常に医療資源の「受益者」とされ、知的財産権を始めとするさまざまな障壁により、医療資源へのアクセスをめぐる問題に直面してきました。それに対して、そう易々とは進むことはないですが、アフリカが主体となりワクチンを開発し、また製造するノウハウを獲得することは、今後の国際保健をめぐるダイナミクスを大きく変えるポテンシャルがあると考えられます。
この賞を励みに、引き続きしっかりと研究に取り組んで参ります。ありがとうございました。
玉井隆
日本国際政治学会奨励賞受賞式(2024年11月16日)