日本国際政治学会第15回奨励賞決定のお知らせ

2022年度日本国際政治学会第15回奨励賞は、大澤傑会員の「ニカラグアにおける個人化への過程」(『国際政治』207号所収)と、藤田吾郎会員の「『芦田書簡』の再検討」(同号所収)に決まりました。以下、学会奨励賞選考委員会からの「講評」と、大澤会員と藤田会員の「受賞のことば」を掲載します。

講評

 2022年度の奨励賞選考委員会は、該当する9本の論文を対象にして1次選考と2次選考まで2段階に亙る選考を行いました。9本の論文はいずれも先行研究への修正を試みたもので、充分に高い水準を満たすものでした。ただ、中には、学術的なインプリケーションにおいて、やや物足りない印象が残る論文もありました。こうしたなかで委員会は、最終的に大澤傑氏「ニカラグアにおける個人化への過程」(『国際政治』207号所収)、藤田吾郎氏「「芦田書簡」の再検討」(同号所収)の2本の論文を奨励賞候補として選考しました。2本の論文は最終選考で同点評価となり、加えて、それぞれ異なる分野を対象とする論文であったことを踏まえて今年度は2本の論文を候補とした次第です。それぞれの論文を奨励賞候補とする上で委員会は次のような理由を考慮しました。

 まず大澤論文は21世紀のラテンアメリカ政治について、個人化という概念を用いる方法により理論的貢献を試みています。つまり大澤論文は、中米で最貧国のニカラグアで安定的な権威主義が構築される理由を説明しており、ラテンアメリカ研究に対して重要な貢献をしました。その際、ニカラグア政治においてオルテガ政権の個人化がどのように進んだか、というテーマを設定し、国内政治と国際政治という複合的枠組みを用いて位置付けています。さらに、権威主義体制に関する B. Geddes やE. Frantz などの理論枠組との対話を通して、自らの研究のオリジナリティを主張しました。 大澤論文は、現在、理論化途上にある個人化に新たな視座を提供する可能性があり、加えて内政要因が国際関係に与える影響を検討する上でも有益な貢献を行っています。

 次に藤田論文は、旧安保条約(1951年9月調印)に盛り込まれ、その後、1960年の安保条約改定により削除された内乱条項の起源を解明した論文です。その際、外務省、内務省、防衛庁関連の資料を積極的に、しかも綿密に読み込むことによって、片山内閣の芦田均外相から第8軍司令官アイケルバーガーに宛てた「芦田書簡」を再検討しました。つまり、この書簡で芦田が構想した講和後の安全保障に関する有事駐留論が、その後、第2次吉田内閣のもとで米軍の本土駐留構想に転換する過程を実証的に考察しています。その際、契機となったのは、占領下でマッカーサーが容認した警察機構の大幅な分権化でした。芦田は警察力強化によって日本の責任において国内治安の維持を図ることを主張、アメリカによる内乱鎮圧には消極的でした。しかし、その後、充分な警察力強化が実現に至らないまま、1949年には対日講和論が台頭しました。日本政府は、1951年初頭に構想された旧安保条約に内乱条項を置くという米側からの打診を受諾する結果となります。藤田論文が旧安保条約の内乱条項について、当時の国内治安状況の実態を踏まえて考察した成果は、戦後の安全保障政策研究だけでなく安保条約をめぐる歴史的考察においても、これまでの通説に大きな解釈上の挑戦を行ったものと言えるでしょう。

 このように大澤論文と藤田論文は、先行研究における論点を的確に整理し、その上で理論的・歴史的な貢献を行いました。以上の観点から、奨励賞選考委員会は大澤論文と藤田論文を奨励賞の候補として推薦する次第です。 今回の選考では多くの力作に接しました。受賞を逃した会員の皆様も自信をもって今後のご研究に励まれますよう期待しています。

【学会奨励賞選考委員会】

受賞のことば

 目標としていた『国際政治』に拙稿が掲載されたことだけでも嬉しく思っておりましたが、このたび奨励賞をいただけたことは身に余る光栄です。選考委員の先生方、ラテンアメリカ特集号(第207号)の編集担当であった宮地隆廣先生にはこの場を借りて御礼を申し上げます。また、論文を丁寧に査読し、示唆に富むコメントをくださった匿名の査読者の先生にも感謝申し上げます。

 受賞論文は、近年、世界で広がる政治体制の個人化に対して、ニカラグアという事例を用いて、理論と事例の架橋を目指したものです。無謀とも思える挑戦でしたが、できるかぎり地域研究において紡がれてきた文脈を念頭に置きながら、個人化の理論化に貢献することを模索しました。研究を通じて明らかとなった点は多々ありますが、私が特に注目したのは、ニカラグアの事例において、援助と制裁の双方が個人化の強化に利用されたことでした。この事実から、民主主義の後退と権威主義の台頭が叫ばれる現代国際社会において、権威主義化が進む国に対して諸外国がどのように向き合うかについて考えされられました。今後はこのような点を踏まえ、体制変動に対する内政と国際政治の相互作用に注視しながら研究活動に励んでいく所存です。

 最後に、これまでご指導いただいた全ての方に感謝を述べさせていただきます。

 この度は誠にありがとうございました。

 大澤 傑

受賞のことば

 このたびは、栄誉ある学会奨励賞をいただくこととなり、大変光栄に存じます。まずは、匿名の査読者の先生方、編集委員会の先生方、学会奨励賞選考委員会の先生方に、心より御礼申し上げます。

 私は、本年3月に早稲田大学の政治学研究科にて博士学位を取得いたしました。本論文は、この博士論文の重要な一部分を構成するものであります。私は大学院入学後、戦後初期の日米関係に関する研究を志しましたが、早々に先行研究の層の厚さに圧倒されました。そして、いかにしてオリジナルな議論を打ち出すか、試行錯誤の日々が続きました。そのような中で閃いたのが、間接侵略という国際政治と国内政治の狭間に位置する問題に着目することで、日米関係史と日本の治安史という、これまで個別に研究が蓄積されてきた2つの領域の接合をはかるという視点でした。この視点を採用したことで、「芦田書簡」の作成および提出と、警察改革の実施という、同じ時期に展開していた2つの問題が、いかに相互に連関していたのかという論点に気づくことができ、本論文の執筆につなげることができました。

 今にいたるまでの研究の過程においては、実に多くの方々からご指導、ご助言をいただきました。とりわけ、学部時代より一貫してご指導いただいてきた田中孝彦先生には、なかなか成果を出さない私を長きにわたって支え、励ましていただくとともに、研究の進展にむけて実にさまざまなアドバイスをいただきました。これまでの学恩に報いるため、今回の受賞を励みとしながら、今後より一層の研鑽に励みたいと思います。

 研究を進める中で気づかされたのは、一見すると研究され尽くしたと思われそうなテーマの中に、未解明の論点がいまだ数多く存在しているという事実でした。今後は、実証の精度を高めることに加えて、柔軟な視点のもとに新たな問いを生み出すことを、常に自分に言い聞かせながら、より一層真剣に研究に取り組む所存であります。

 このたびは、誠にありがとうございました。

藤田吾郎