日本国際政治学会第13回奨励賞決定のお知らせ

 2020年度の学会奨励賞は、早丸一真会員の「一八六〇年代初頭における天朝の定制と外政機構の変動―中国近代外交形成論批判」『国際政治』第197号(2019年9月)に決まりました。以下、首藤もと子・審査委員長からの講評と早丸会員の「受賞のことば」を掲載します。

 早丸論文は、19世紀の清国史料である《籌辧夷務始末》を丹念に読み込み、清国の「外交」に関する豊富な先行研究の論点を批判的に検証して、「天朝の定制」が当時の文脈で想定していた秩序観を独自の観点から論じています。すなわち、本論文は、清朝末期の官僚が外国の要求を拒否する際の常套句として用いた「天朝の定制」について、それが西洋諸国からの「対等交渉権」を否定する方便であり、前近代的対象であったとする近代外交史観から論じられてきたことを指摘し、そうした近代外交史観が捨象してきた当時の文脈と視点から、清国の外政機構の制度と機能を史料で裏付けつつ論じています。そして、清国は「外交」をしていたという前提に立つのではなく、内乱と外敵を区分せずに対応することによって「天朝の定制」を再建しようとしたことを、当時の官僚の認識と行動に言及しつつ検証しています。
 本論文のテーマについては、世界的にみても、坂野正高氏の研究をはじめ日本での研究の蓄積が多いのですが、本論文は1861年に設立された総理衙門の権限やその通商大臣との業務関係について、坂野氏の研究に修正を迫る指摘をしています。また、「天朝の定制」に関する比較的最近の研究でも「通商が夷務の外延であった」と指摘されていますが、本論文では、曾国藩が通商は内地の塩務と同様に国内統治の問題と認識していたことに言及して、清国の官僚が当時、外国との通商に限定することで「天朝の定制」を保持しようとした夷務の実態を、詳細な分析を重ねつつ検証しています。
 このように、本論文はその方法論と検証の内容において、独自性を高く評価できます。まず、本論文の方法論は、西洋の分析基準の援用ではなく、当時の時代と地域の文脈から再構成しようとする点で画期的な新しさがあります。現代的視点では陥りやすい史料解釈の誤解を批判して、同時代的に再構成しようとする本論文の姿勢は注目に値します。また、内容において、これまでの研究が、清国と国際社会との関与を、清国の「外交」ととらえ、主権国家を前提とする近代外交史観で論じていたことに対し、本論文は清朝の官僚が記録した当事者の認識と意図を解釈することにより、「天朝の定制」の秩序観を再構成しています。本論文は、そうした史料の地道な分析により、清国の体制や「外交」に関して、理路整然と説得力のある主張を展開しており、西洋近代史観に基づいてきた国際関係史研究に一石を投じる研究として、日本国際政治学会の優秀論文に値する論文であると評価します。
 最後に、今回の選考では、昨年度と同様に、多様な研究テーマに関して多くの力作がありました。惜しくも受賞を逃した会員の皆さんも、自信をもって研究を発展させて、今後学会等で大いにご活躍下さい。

選考委員会主任 首藤もと子

受賞のことば

 私はもともと岡山大学の東洋史研究室で中国近代史を勉強しておりましたので、東京大学総合文化研究科の国際関係論の修士課程に入った時に、少なからず戸惑いを感じることになりました。その折に、往年の『国際政治』に掲載されていた19世紀後半の国際関係史に関する数々の論文から勉強させていただく中で、自分自身の研究課題を模索し、いつかこのような研究史の蓄積の中に自らの研究を位置づけることができればと心に期するところがあったわけでございます。そうした研究に目をとめていただきました奨励賞選考委員会の先生方に厚く御礼申し上げます。
 昨年掲載いただいた論文は、「国際政治と中国」という197号の特集のテーマを目にした時に、国際政治と中国を結びつけて問題をとらえようとすると見えにくくなるものがあるという話を日頃調べている19世紀後半の史料に基づいて考えてみたいと思い、取り組んだものです。この特集号の編集責任者を務められた川島先生に、改めてお礼申し上げます。今回の論文には、いささか大げさなサブタイトルが付けられておりますが、これは懇切丁寧な査読意見の中でご提案いただいたものを拝借させていただいたものですので、査読いただいた先生にこの場をお借りして感謝申し上げます。
 本日は、このような表彰式の場を設けていただきまして、事務局の皆様を始め、お世話になった全ての方々にお礼申し上げます。最後になりましたが、私に国際関係論に入門するきっかけを与えてくださった石井明先生、19世紀の中国の対外秩序に関する研究の第一人者であり、いつも励ましていただいている茂木敏夫先生、そして、なかなか論文を書かない学生を信じて見守ってくださった指導教員の川島真先生に深くお礼申し上げたいと思います。ありがとうございました。

早丸一真