日本国際政治学会第16回奨励賞決定のお知らせ

2023年度日本国際政治学会第16回奨励賞は、崔智喜会員の「中曽根政権期の対北朝鮮外交に関する研究――政府及び非政府レベルの2トラック外交に焦点を当てて」(『国際政治』210号所収)に決まりました。以下、学会奨励賞選考委員会からの「講評」と、崔会員の「受賞のことば」を掲載します。

講評

 

 2023年度は13本の審査対象論文の中から、崔智喜会員の「中曽根政権期の対北朝鮮外交に関する研究―政府及び非政府レベルの2トラック外交に焦点を当てて」(『国際政治』210号掲載独立論文)に日本国際政治学会奨励賞を授与することに決定いたしました。

 崔論文は、日本の対北朝鮮外交をテーマに、従来の研究で焦点が当てられてきた1990年代よりも遡り、中曽根政権において政権内外のアクターと共に行われた北朝鮮との関係改善のための環境作りが、その後の朝鮮半島外交を先導する点を明らかにしようとした論考です。米ソ関係が揺れ動く中、朝鮮半島をめぐり微妙にずれる日本、韓国、アメリカの思惑をふまえ、中曽根政権が政権としての公式な行動は控えめにしつつ、野党や議員連盟を活用しながら、北朝鮮側の党機関紙や朝日友好促進親善協会の要人との間で外交接触を展開する様子が明らかにされています。

 ロンヤスと称されたレーガン大統領との間でも朝鮮半島情勢をめぐっては温度差があり、アメリカは同盟国日本の独自行動を制約しようとしました。また韓国も、日本の北朝鮮への単独接近を牽制し、自国への不利益な展開を回避すべく「日中米ソによる南北朝鮮のクロス承認構想」を模索したことで日本との確執がありました。逆に米ソ関係が改善に向かうと、アメリカは自らが朝鮮半島への関与を深め、また韓国も日本を介することなく中国と独自に関係を改善したことで、日本の公式の朝鮮半島外交は同盟国から構造的な制約を受けることになりました。それでも日朝関係が滞ることなく国交正常化交渉へと前進できた背景には、上記のような政権外のアクターによって積み重ねがあったというのが筆者の主張となります。

 関係国の国内外の動向の分析には、主として韓国外交部外交史料館の史料が用いられているほか、アメリカ政府Digital National Security Archives (NDSA) 、日本外交史料館や日本国立国会図書館所蔵の史資料が用いられています。また、外務省大臣官房総務課公文書管理室への開示請求により入手された文書も用いられており、多角的・重層的に日本の北朝鮮外交の動きと背景、そして他国からの評価が分析・考察されている点などを高く評価しました。日本の外交史研究が政府を中心として行われてきたことに対し、本研究が政府外のアクターとの二層での分析となっている点が、本論文の斬新的なところだと言えます。

 以上の通り、本論文はテーマ、方法論、検証内容のいずれの点においても、従来の研究を踏まえながらも独自性が発揮され、朝鮮半島外交の今日に至る軌跡を検証するうえでも有用な視点を提供していると考えられます。よって、本委員会としては本論文が学会奨励賞を授与するにふさわしい優れた論文であると判断いたします。

【学会奨励賞選考委員会】

受賞のことば

 1980年代中曽根政権期における日朝関係をテーマに、博士論文を書きながら、この分野の専門の先生方に評価を頂く機会を得るだけで満足という考えで、最初『国際政治』特集号「冷戦と日本外交」に投稿いたしました。その際、2人の査読者の先生方と、特集号を担当されていた黒崎輝先生から、大変貴重なコメントをいだたくと共に、修正してもう一度挑戦してほしいと励ましの言葉をいただきました。その後、内容を補完し、独立論文として再チャレンジする運びとなりました。その際も、2人の査読者の先生から、朝鮮半島や日朝関係にだけ意識が集中してしまいがちな私に、より視野を広げるようなご指摘、助言をいただきました。たくさんの先生方の指導を受けるという贅沢な経験ができたことだけで、感謝の気持ちで一杯なのに、国際政治学会奨励賞までいただき、身に余る光栄に思います。独立論文を担当してくださった井上正也先生をはじめとした編集委員会の先生方にも、心から感謝申し上げます。

 この論文は、1980年代中曽根政権期の対北朝鮮外交について、90年以降の金丸訪朝や日朝国交正常化交渉の環境整備を図ったものとみて、韓国のクロス承認構想との関わりや、日本政府と社会党、日朝議連といった非政府アクターとの連携に注目したものです。

 私が日朝関係を研究しようと思ったそもそもの理由は、南北関係や米朝関係とは異なる日朝関係の特殊性に関心を持ったからです。日本にとって、北朝鮮との関係樹立は、いまだなされていない戦後処理であり、日本には多数の在日朝鮮人がいます。また北朝鮮にとっても、日本との国交正常化は、植民地支配に対する補償を伴うものであり、北朝鮮にとって日本は、朝鮮戦争の対戦国ではなく、安全保障上、直接的な敵対関係にないという点があります。こうした日朝関係の特殊性が、米ソ冷戦の最中から緩和に向かいつつあった中曽根政権期には、どのように表れていたか、という疑問から、この研究に取り組むことになりました。

 現在、指導教員の木宮正史先生の下で、博士論文の仕上げの段階にありますが、未熟な私の論文をいつも細かく見てくださる木宮先生にもこの場を借りて深く感謝申し上げます。また、日朝関係に興味を抱くように導いてくださった朴正鎮先生にも、お礼を申し上げたいと思います。この賞を励みに、引き続き一生懸命研究に取り組んで参ります。ありがとうございました。

 崔智喜