日本国際政治学会は、国際政治に関する学術的研究を推進し、その研究にたずさわる者が日頃の成果を発表し、交流する組織です。国際政治の研究は、理論研究、歴史研究、地域研究、また新領域・非国家主体研究など、多様な分野で展開しています。本学会はこれらの研究分野を包含する組織であり、多分野の研究者が共存しています。それを可能にしているのは、本学会が伝統的に持っている自由で開放的な特性でしょう。ここでは一見異質な研究者間の対話が成立することが多く、会員が対話を通じて自らの研究上のアイデンティティを確認し、また新たな着想や視点を獲得できる、貴重な空間があります。
この多様性を反映してか、会員も多く、大学・研究所などの研究者、大学院生を中心に、実務家、ジャーナリストなど2000名以上が加入しています。政治学系の学会では最大であり、人文社会系の学会全体で見ても最大規模の学会の一つになっています。
そのような本学会は、1956年に創設されました。これは、アメリカやヨーロッパにおいて同様の学会が成立するよりも、むしろ早い時期にあたります。国際政治学もしくは国際関係論そのものが、二つの世界大戦を経験する中で誕生した比較的新しい学問であり、その学術的研究が本格化したのは第2次世界大戦後でした。もちろん、戦前から外交の歴史的・法的考察、各国・各地域の調査などは日本でも盛んでしたが、理論的分析は戦後のアメリカで顕著な興隆を示し、これらが合流するようにして日本でも研究が本格化したのです。本学会の創設された時期には、日本の各大学でも国際政治学・国際関係論の講座が次々と開講されてゆきました。本学会は、4年前に創設60周年を迎えましたが、その歴史は、そのまま世界と日本における国際政治学・国際関係論の研究の歩みに重なるのです。
本学会の組織的活動としては、まず研究大会があげられます。毎年の秋の3日間、50を数える部会と分科会、共通論題において会員が研究報告や討論を実施します。それは研究上の交流の中心的な機会となっていますが、研究大会では会員間の親睦の場も設けています。
研究大会の部会の一つは市民公開講座として公開し、一般財団法人としての本学会が研究の一端を社会に還元する機会としています。また、研究成果を会員だけでなく、会員以外の研究者や社会に広く問う手段として、本学会は機関誌を年に7冊刊行しています。和文の『国際政治』(有斐閣より年4回刊行)と英文の機関誌 International Relations of the Asia-Pacific(IRAP)(オックスフォード大学出版局より年3回刊行)です。両者は、厳格な審査を通過した投稿論文を掲載しており、これらに関する評価はすでに国内外で確立しています。
このような研究大会や機関誌の企画・編集などは、本学会における多様な研究の共存を活かすため、4ブロック体制によって運用されています。会員が研究大会で報告をおこなう際は、まずは日本外交史分科会、中東分科会、国際政治経済分科会、ジェンダー分科会など、21の研究分科会のいずれかで実施しますが、その研究分科会は4つのブロック――理論系、歴史系、地域系、非国家主体系(非国家主体系は新分野・新イシュー・学際研究とも称します)に大別されています。その4ブロックの対等性を確保し、それぞれが研究大会の企画、機関誌の編集をはじめ、諸活動の運営委員会を構成しているのです。
もちろん、多様な研究の共存状況は、単なる並存や分散に陥る危険性もありえます。実際、海外で見られるような活発な論争が乏しい。独創的、革新的な知見の開拓が限られている、といった指摘や反省の声はしばしば浮上します。そのために本学会では、異なる研究分野間の接点を拡張し、共通の基盤を模索しようと、研究大会時の企画や機関誌の特集、また10周年毎の記念事業などにおいて、学際的な工夫や研究状況の自省と見直しを重ねてきました。それでも、なお一層の努力を傾け、本学会においてこそ可能な独創的な知見、方法を追求する必要があることは言うまでもありません。
研究上の対話は、海外の学会とも進めています。多くの会員が海外で調査や共同研究を実施し、海外で学会報告をしていますが、本学会としても海外の学会と交流を重ねてきています。ISA(International Studies Association, 国際関係学会)、IPSA(International Political Science Association, 国際政治学会)、WISC(World International Studies Committee, 国際関係学世界委員会)、などとの交流はすでに定着しています。隣国のKAIS(Korean Association of International Studies, 韓国国際政治学会)とは、20年以上にわたって研究大会で合同部会を開催し、両学会の会員が同じ場で報告し、議論しています。また、10周年毎の記念研究大会では、海外の研究者を多数招き、議論を交わしています。
こうした活動の継続と発展を展望する上で、若手研究者の研究は極めて重要です。その研究活動は元来活発なものでしたが、少子高齢化や就職難など、他の学会にも共通する社会的現象を背景にして、本学会の若手研究者も漸減傾向に転じています。本学会ではこれまでも、若手研究者による機関誌掲載論文の中から特に優れた成果を学会奨励賞として表彰し、また海外での学会報告のための渡航費を提供するなど、支援策を実施してきました。こうした支援策については、一層の多角化を検討しているところです。
もちろん、活動の発展は若手のみでなく、学会全体としての課題にほかなりません。日本国際政治学会ならではの研究の足跡と蓄積を改めて吟味し、さらに意義ある研究を積み重ね、独創的な知見を切り拓いてゆく必要があるでしょう。そのために、学会内外の様々な声に耳を傾け、学会活動の充実化を進めてゆきたいと考えております。
一般財団法人日本国際政治学会 理事長(2020-22年)
大矢根 聡(同志社大学)