日本国際政治学会第18回奨励賞決定のお知らせ
2025年度日本国際政治学会第18回奨励賞は、佐々木雄一会員の「勢力範囲(勢力圏)概念と近代日本外交――第一次世界大戦前後日本外交の「連続/転換」問題とともに」(『国際政治』214号所収)に決まりました。以下、学会奨励賞選考委員会からの「講評」と、佐々木会員の「受賞のことば」を掲載します。
講評
2025年度は11本の審査対象論文の中から、佐々木雄一会員の「勢力範囲(勢力圏)概念と近代日本外交――第一次世界大戦前後日本外交の「連続/転換」問題とともに」 (『国際政治』214号掲載独立論文)に日本国際政治学会奨励賞を授与することに決定いたしました。
佐々木論文は、近年の近代日本外交史で、第一次世界大戦前後の日本外交を連続しているとみるか、転換したとみるかという問題が活発に議論されていることから出発し、この議論において重要な概念である「勢力範囲(勢力圏)」が実は多義的なまま用いられてきたことを指摘します。そして、国際法分野での議論も検討したうえで、勢力範囲概念を国際的合意・取決めに基づくものとそうでないもの、さらにそれぞれの中での相違から五つに分類整理します。次に、概念の多様性や多面性をふまえたうえで、近代日本外交と勢力範囲をめぐる諸問題(勢力圏外交のとらえ方、中国の福建方面は日本の勢力範囲と位置づけられるか、利益範囲や「主権線・利益線」という概念との関連、日本外交と満州や満蒙について)を検討します。最後に出発点に戻り、第一次世界大戦前後での日本外交の「連続/転換」問題を検討しています。
第二次世界大戦に至る日本外交を議論する上で、「勢力範囲(勢力圏)」という概念の理解は極めて重要です。佐々木論文がこの概念の多義性、多面性という重要な盲点を突いた意義は高く評価できます。また、国際法分野での議論にも目を配って文献を渉猟している点でもオリジナリティが高く、きわめて精緻な概念整理を理論的かつ説得的に行っている点も高く評価できます。
加えて、「勢力範囲(勢力圏)」という用語をめぐる問題が近代日本外交史に限られないという点も重要です。英語、中国語など各言語における用法と比較検討の可能性があり、また、「覇権」や「(非公式)帝国」など、隣接分野の研究で使用される用語の意味を考える上でも本研究は意義深いものです。さらに、近年のロシアの動向などを背景に、国際関係論や地域研究においても勢力圏が論じられており、この問題には今日的課題、研究テーマとしての普遍性もあります。
以上の通り、佐々木論文はテーマ、方法論、検証内容のいずれの点においても、従来の研究を踏まえながらも、独自性が発揮されていると考えられます。基本的な概念を再考し、単なる実証研究に留まらず、今後近代日本外交史研究の枠を超えて、隣接分野の研究からも参照されるに値する価値を有していると考えられます。よって、本委員会としては佐々木論文が学会奨励賞を授与するにふさわしい優れた論文であると判断いたします。
【学会奨励賞選考委員会】
受賞のことば
私は博士論文を書く前よりもむしろ博士論文を本にしてから熱心に査読論文を出しておりまして、そのなかで査読システムの学問における意義をとても感じつつ、他方で、多くの労力がかかっていることも実感しております。まずもって、この度の私の論文に関わって下さった査読者の方、編集関連の方々、そして賞の選考に当たって下さった方々に深く御礼申し上げます。
今回の私の論文は、勢力圏ないし勢力範囲を扱い、また第一次世界大戦前後の日本外交をどう捉えるかを論じたものです。それらのテーマは近年、近代日本外交史研究の中で大いに注目され、論じられてきました。私自身、多くの方と議論をさせていただきました。そうした蓄積の上に立った論文ですので、関係する研究者の方々にも、改めて御礼申し上げたいと思います。
さて、今回の論文を踏まえた今後の研究につきまして、まず、満州事変の研究を進めたいと思っております。
そして、勢力圏概念の世界史的展開。これは目下、取り組んでいるところです。世界ではこの10年余り、ロシアの動向を一つの大きな背景として、勢力圏というものが研究上も国際政治実践上も注目されているように見受けられます。ただこれまでのところ、帝国主義時代以来の勢力圏概念の歴史的展開は十分に論じられておりません。日本外交史の研究者として、日本や東アジアの事例を適切に組み込みながら、世界における勢力圏概念の歴史的展開を分析したいと思っております。
その際、各国において、あるいは各言語において勢力圏がどのように捉えられていたかというのは重要な点で、例えば、イギリスとドイツでは違いがありました。しかし世界中に視野を広げようとすると、独力ではわからないところが多々出てまいります。ついては、勢力圏というものに関心や知見をお持ちの方はぜひご教示を賜りたく、せっかくの機会ですのでこの場をお借りしてお願い申し上げる次第です。
本日はありがとうございました。
佐々木雄一
日本国際政治学会奨励賞受賞式(2025年10月18日)