日本国際政治学会第10回奨励賞決定のお知らせ

2017年度日本国際政治学会奨励賞の選考について

受賞論文
向山直佑(むこやま・なおすけ)
「第三国による歴史認識問題への介入の要因と帰結 ―アルメニア人虐殺へのジェノサイド認定とトルコ」(『国際政治』187号)

 向山直佑氏の受賞論文は、もっぱら二国間問題として議論されてきた歴史認識問題について、国際機関や第3国など第3者の介入が常態化している「歴史認識問題のグローバル化」の状況を踏まえつつ、第3者の介入の要因とその影響という側面に光をあて、新たな理論的知見の提供を試みたものです。
 具体的には、1915年のトルコによるアルメニア人の虐殺問題について、1995年から20カ国以上が虐殺を「ジェノサイド」と認定した事例をとりあげ、第3国が介入する要因、介入がもたらしたトルコ(加害国)への影響を分析しています。まず、介入の理由について、ジェノサイド認定を左右する要因として、アルメニア人コミュニティの規模、トルコへの輸出額を設定し、質的比較分析(QCA)という斬新な方法論を用いながら、キリスト教徒とアルメニア人の割合という要素が、認定の必要条件として機能していること、輸出額の大小は認定を妨げる要因とはなっていないことを論証しています。
 また、なぜ、80年後の今になってジェノサイド認定が行われたのか。これについても、アルメニア系移民の多いカナダを事例に、カナダがアルメニア人コミュニティの政治参加を進めてきたこと、マイノリティの擁護者としてのカナダという自己認識、さらに冷戦後の人権や民主主義などの国際規範の推進といった国際潮流も視野に入れながら、説得力ある分析を展開しています。
 介入の影響については、外交関係のみならず民間交流にも着目し、経済交流(貿易額)と人的交流(出入国者数)の増減を従属変数とする統計分析を行っています。その結果、外交関係の冷却化や人的交流も経済交流も一時的な落ち込みにとどまったことが指摘されています。その原因として、規範的なパワーをもつ欧米先進国によって認定が行われ、これを無視しえなかったこと、さらに影響が一時的であったのは、EU加盟に向けたトルコの動きが加速化して、関係国との友好が必要となり、それは民間交流にも波及したもの、と論じています。
 総じて受賞論文は、各国によるジェノサイド認定は、なぜ、80年後の今なのか、認定はトルコと認定国との関係を一時的に損ねるが長期化しなかったのはなぜか、などの問いに答えるなかで、歴史認識問題の理解と解明につながる有用な方法論と理論的な示唆を提供しています。
 いくつかの改善を求めたい点はあるものの、受賞論文は著者の豊かな力量を感じさせる内容であり、なおも鎮静化しない歴史認識問題の理解と解明に重要な貢献をなすものと期待されます。
 なお、今回の受賞対象論文数は、初めて20編を越えました。しかも対象論文は、歴史、理論、地域研究、現状分析など多岐の専門分野にわたり、それだけに選考は難航しました。最終選考に残った数編の論文も学術的、社会的意義や完成度という点で大きな差はありませんでしたが、論争的ではあっても、問題設定の新鮮さや、理論的知見や方法論がもたらすであろう学術的なインパクトを重視した次第です。

(学会奨励賞選考委員会主任 波多野澄雄)

第10回日本国際政治学会奨励賞受賞の挨拶

向山直佑

 この度はこのような名誉ある賞を頂き、誠に光栄に存じます。執筆当時、私は東京大学法学政治学研究科修士課程に所属しておりましたが、この10月よりオックスフォード大学政治国際関係学部博士課程に進学致しました。
 本論文は、最初は大学院のゼミ論文として出発致しました。研究を開始した時点では、私は査読誌に投稿した経験もなく、それを自分にはまだまだ遠い世界と感じておりました。しかし、先輩から『国際政治』において、偶然同じタイミングで歴史認識問題に関する特集号が企画されていることを教えて頂いたことがきっかけで、思い切って応募するだけでも応募してみようと考えるようになりました。それが査読を経て公刊されることになったのみならず、賞まで頂くことになり、喜びとともに、予想外の展開に驚きを感じているのが正直なところです。
 選評で既に詳細に取り上げて頂きましたが、簡単に本論文の内容をご説明させて頂きます。本論文では、従来主に二国間、あるいは「加害者」側の社会の問題として扱われてきた歴史認識問題に関して、これに第三国や国際機関といった第三者が介入する、という現象が近年多く見られることに注目しています。この「歴史認識問題の国際化/グローバル化」とでもいうべき新しい現象は、冷戦後になって増加しているわけですが、これについて、なぜ、誰がこうした介入を行うのか、それによってどのような結果が生じるのか、といった問題が、本論文の焦点となっております。事例としては、最も「国際化/グローバル化」した歴史認識問題の1つである、アルメニア人虐殺問題を扱いました。元々この「歴史認識問題に対する第三者介入」に興味をいだいたのは、介入することで何か具体的な利益を得られるわけでもない第三国が、それでもあえて介入を行う、という点に説明されるべきパズルを見出したからでした。研究を通じて、こうした現象の背後には、人権や民主主義といった規範を他国に対しても推進する、欧米諸国の価値観や行動があるのではないかと考えるに至りました。
 今回賞を頂けたとは言っても、本論文には至らない点が多く、将来読み返して恥ずかしくなることは目に見えておりますが、それでも何とかここまでたどり着けたのは、紛れもなく多くの先生方・先輩方のご支援の賜物です。
 特に、論文にコメントを下さった先生方、査読者の先生方、今回の審査委員の先生方、初投稿の私を導いてくださった編集責任者の等松春夫先生、そして何より、学部時代以来継続して指導して下さっている、指導教員の藤原帰一先生に特別の感謝を申し上げたいと思います。
 現在は、石油と脱植民地化の関係という、まったく別のテーマに取り組んでおり、こちらが私の学位論文のテーマでもあるのですが、今後も歴史認識問題には引き続き着目していきたいと思います。
 この度は誠にありがとうございました。


学会奨励賞授賞式(2017年10月28日)