日本国際政治学会第8回奨励賞決定のお知らせ (2015年11月9日)

2015年度国際政治学会奨励賞選出理由

本年度の学会奨励賞は、佐藤悠子「文化大革命期中国におけるアインシュタイン批判」(179号)に決定いたしました。選考委員会での議論を踏まえた選出理由は下記の通りです。
 本作品は、中国科学技術政策のあり方を「アインシュタイン批判」をテーマにして、とくに文化大革命時期を中心にその変遷をフォローし、政治と国際社会の変容の接点について詳細に論じたものである。
 中国は建国直後の中ソ友好同盟条約締結の結果、自然科学における階級性の存在を主張し、アインシュタインを「唯心主義」と批判した。しかし周恩来は米国留学経験のある科学者を支持し、アインシュタインについても肯定的な姿勢をとっていた。そうした科学政策の見直しは、中ソ関係の悪化と大躍進政策の失敗によって60年代初頭に勢いを持ったが、その傾向は短命に終わり、文化大革命の隆盛の中で科学分野のさまざまな組織内で権力闘争が繰り広げられる中で、相対論批判という形でアインシュタイン批判が科学院を通して模索された。しかし林彪事件と米中接近は文革への不信感と中国の研究水準の遅れを顕在化させ、周恩来を中心に基礎理論研究再建の機会が訪れた。
 このように本論文に関しては、中国の科学技術政策と、政治の権謀術数・国際環境の変化をタイアップさせたアプローチの面白さを全委員が評価した。周恩来の一貫した基礎科学理論研究支持とアインシュタイン評価の姿勢に対して、毛沢東の配下で、一時期党内序列で周恩来に次いで第四番目の地位にいた陳伯達の相対性理論批判と政治勢力の帰趨におもねった立ち位置が対照的に論じられている本論文の構成と論述は、本作品のストーリー性とともに、科学技術政策と、その背景にある権謀術数の関係を精緻に、かつ説得力をもって描きだしている。そうした点が本論文の成功を可能にしていると評価した。
また四半世紀ぶりに本学会の特集号となった科学技術をテーマにした号にふさわしい内容であること、論文としての完成度の高さは筆者の技量を示すものである、という点で審査員は一致した。
本論文は、メモワールや研究書などを中心とする研究である。それゆえ一次史料や中国での研究事情などへの論及が十分であるのか、という意見も出されたが、邦語の研究としての秀逸性を評価するという点で合意した。また新しい研究分野であり、当該領域での関連研究も少ないことから、この作品について研究動向上の位置づけが難しいという見方が複数の審査員から出されたことも最後に付記しておく。

上記の理由により、佐藤論文を受賞作とした。

(学会賞奨励賞選考委員会主任 渡邊啓貴)

受賞の言葉

佐藤悠子

 この度は、『国際政治』誌上に論文を発表することができただけでなく、このような名誉ある賞までいただきまして、望外の喜びに存じます。
 査読をしてくださった先生方、奨励賞審査委員会の先生方に、まず御礼申し上げます。
 私は現代中国の政治と科学の関わりについて研究をしております。今回の論文では文化大革命期の中国において一時盛り上がりを見せた、物理学者アルベルト・アインシュタインとかれの相対性理論に対する批判について論じました。文化大革命期には、西欧への親近感や人的つながりを有することも、理論物理のような専門性の高い学問領域も批判される対象でありました。アインシュタイン批判の中心にいたのは北京ではイデオローグの陳伯達という人物ですが、かれが権力闘争に敗れ、後ろ盾である林彪も失脚し、中国は米中接近も果たすという1970年代はじめの国内外の情勢の大変動のなかで、アインシュタイン批判は急速にしぼんでいきます。そして基礎科学研究の再建を重視する周恩来と、文化大革命で不遇をかこっていた、西欧留学経験者を中心とする理論物理学者たちの結びつきにより、米中科学者の交流の急速な深化と、相対性理論から導かれる高エネルギー加速器建設へと舵が切られたのでした。
 この一連の過程には、一つ目には科学者をふくめた知識人の処遇、二つ目にはとくに米国を中心として諸外国との関係をどうするべきかという中国近代史の大きな問題がかかわっています。さらにいえば、20世紀における巨大化した科学研究と国家とのかかわりという問題も重なっていたことを本論文では主張しています。
 この論文をお読みいただいた先生方、編集担当の山田敦先生、大学院時代より指導教官としてご指導いただきました北岡伸一先生に感謝申し上げます。
 今後も、この賞をいただいたことを励みとして、研究に精進してまいりたいと存じます。


学会奨励賞授賞式(2015年10月31日)