JAIR Newsletter
日本国際政治学会ニューズレター
No.93 July 2001

学会雑感

山本吉宣(東京大学)

 理事長を辞し、在任中多くの方々に言い尽くせないお世話になったことを思い、感謝の念ひとしおであった。が、しかし、先日、私の先任の理事長であった佐藤英夫氏がなくなられる不幸があった。佐藤氏とは1968年にフルブライト留学生として一緒に渡米した仲であり、学問的な内容も近いこともあって、親しくお付き合いさせていただいた。国連大学の学長上級顧問として大活躍され、つねに将来へ向けて積極的に取り組んでおられたことを思えばご当人だけではなく、我々もきわめて残念である。佐藤氏は、学会活動においても、96年の幕張の会議にむけて、副理事長として精力的に活動され、また理事長として毛里和子副会長とともに、学会の大構造改革にあたられた。年次研究大会のコンベンション方式化、英文ジャーナルの出版など、大改革の所産である。思えば、幕張会議を主宰された鴨武彦氏既になく、幕張会議への具体的な動きを決められた木戸蓊先生も昨年お亡りになった。諸先達のご功績を思うとともに、切にご冥福をお祈りするものである。
 日本国際政治学会の会員となり、四半世紀、さまざまな思い出はあるが、一番感じているのは、この学会が、極めて自由であり、それゆえに今まで、積極的に参加することができたし、また愛着の念が強い所以となっている。自由と感ずる理由はいくつかある。一つは、国際政治学・国際関係論を学問的にやっていれば、イデオロギーや立場を超えて、誰でも参加できることである。また、国際政治学の範囲も、きわめて広く捉えられており、国際関係に関係があれば何でもよい、というのが多分学会のコンセンサスであろう。たとえば、今年の木更津の研究大会を見ても、共通論題、部会、分科会合わせると、会合は40を超え,報告者、討論者、司会等をつとめた人は200人に近い(大会参加者の約1/3)。さらに、会合のテーマも、実にさまざまであり、問題の取り扱い方も、伝統的なものから、国際政治学の現状を痛烈に批判するものまで多岐にわたる。ついでに言えば、部会の報告者は論文を提出するということも、当初は大いに危惧されたものであるが、スムーズに実現されており、学会の学問的な水準の向上に貢献している。
 このようなこともあって、本学会にはガリガリの「権威」というものはなく、老壮青という年齢を超え、また、学問的な領域を越えてきわめて風通しのよいものとなっている。他の学会と比べてみても、院生諸氏を含めて、若い研究者が多数参加し、研究大会を盛り上げているし、また、運営にも、若い方々が積極的に参加されている。このことは本学会の特徴として、第三者の方々からよく聞く話である。このような自由さ、柔軟さが、本学会の今日の隆盛をもたらしていると考えられる。
 現在、グローバリゼーション、情報化という時代の流れが、とうとうと押し寄せている。本学会も、英文誌を出すようになり、また、大会運営、さらには学会運営全般で、インターネットを駆使した情報化を推し進めようとしている。自由ですぐれた柔軟性を持つ本学会の特質を考えれば,それらの事業に十分立ち向かい、成功していくこと、疑いのないことであると思う。かつては、研究大会を個々の大学にお願いし、また、企画担当者は、研究大会の報告者・討論者候補に了承を得るべく電話をかけまくった。いまや、研究大会はコンベンション方式になり、学会のホーム・ページも設立された。そして、近い将来、研究大会を組織したり、研究大会への論文を提出することも、ホーム・ページ、e-メールを通して行われることになろう。さらに、当然のように学会名簿には各会員のe-メール・アドレスが付され、名簿はホーム・ページでアクセスすることになろう。大変結構なことであり、またそうしなければ学会として成り立ちゆかなくなるであろう。
 かつて、研究大会を引き受けた大学では、責任者をはじめとし、不幸な同僚、院生、学生が、大いに苦労し、鬱憤を晴らすべく酒を飲み、それゆえに、学会に対しての理解が深まり、連帯感が醸成されていった。また、研究大会が年1回となり、年に2回旧知の友に会うことを楽しみにしていた会員諸氏のなかには、大いに残念がっておられる方もあろう。人の接触、温かみを如何に保ち、会員諸氏に深く根ざした学会を如何に維持していくか、学会の長期的な課題の一つであろう。学会の将来の発展を祈ること切なるものがあり、微力ではあるが何がしかのお手伝いを続けさせていただきたいと思う。

特集:2001年度研究大会

2001年度研究大会の報告

大会実行委員長 渡邊啓貴(東京外国語大学)

本年度の研究大会は五月十八日から二十日にかけて木更津かずさアークで開催されました。七百人に上る会員の皆さんの参加をみて無事に大会が終了したことを御報告申し上げると同時に参加された多くの会員の皆さんに御礼を申し上げます。
天候にも恵まれ、豊かな自然環境の中で研究大会が実施されたことは幸いでした。部会・分科会の多くは活況を呈していたように思えます。とくに印象的だったのは、急遽大会三日目に設置された日米開戦通告に関する日本外交史特別分科会でした。昼休みから始められ、三時間半に及ぶ白熱した討論が展開された長丁場の分科会となりました。
共通セッションは、時宜に適った興味深いテーマであり、報告はいずれもそれぞれ趣の異なった内容の充実したものでした。広い会場を埋めた会員から的を射た鋭い質問が相次ぎ、予定時間をオーバー致しました。
部会は全般的に好評ではありましたが、三日目の部会では出席者が少なかったところも見受けられました。いずれも、タイムリーなテーマであり、報告者の顔ぶれも申し分なかったように思われただけにいささか残念でした。帰路の交通の便との関係もあったように思われます。また分科会はコンスタントに人数を集めており、なかには積み椅子を入れてもなおかつ立ち見参加となるものもいくつかありました。
 企画委員会のお骨折りによるテーマの多様性と充実ぶりは改めて申し上げるまでもないことですが、欧州統合プロセスの言葉を援用させていただくならば、本学会の二十一世紀に向けた「拡大と深化」の兆しを自分自身が実感したというのが正直な感想でした。至らぬところも多かったこととは存じますが、こうした節目の大会を組織させていただいたことを嬉しく思い、次大会実行委員長の吉川元会員(神戸大学)にバトンを渡したいと思います。
 最後に、大会開催に当たって猪口孝理事長をはじめ、運営委員会、企画委員会、事務局の皆様に御助力頂いたことに御礼を申し上げるとともに、副実行委員長の広瀬佳一会員(防衛大学)、原田至郎会員(東京大学)、また現地で学生アルバイトの御世話に御尽力いただいた佐伯康子会員(清和大学)に改めて感謝の意をお伝えしたいと思います。

研究大会の概要

≪共通論題「21世紀東アジアの安全保障」―パネル・ディスカッション―≫
朝鮮半島における南北関係の進展から、台湾の政治的地位をめぐる米中日三国の外交問題などに見られるように、新世紀に入った東アジア地域の国際関係が新たな展開を迎えようとしている。共通論題「21世紀東アジアの外交と安全保障」は、中国・韓国・東南アジアなどを専門領域とする研究者四名の参加を得て、このような変化の様相を多面的に捉える試みだった。
最初の報告「北東アジアにおける敵対・分断から共存・統合への道程」では、天児慧氏が中台関係の現状を分析し、中台関係の現段階は<非敵対・非統合・共存>という枠組の形成過程にあり、陳水扁総統の誕生も、中国による武力行使の危機につながるものとはいえないと指摘した。次に李鍾元氏は、「日米韓関係の現状と展望」と題する報告において、冷戦期の地政学的条件の中で生まれた、アメリカを基軸とする「車輪型」の安全保障体制が変容しつつあり、アメリカという中心を外さないままに、東アジア諸国における多国間枠組への広がりも芽生えている、と指摘した。「車輪型」が「扇型」に開くなかに、東アジアにおける協調的安全保障の芽もあるという主張である。白石隆氏の報告「21世紀の東アジア地域秩序を考える」は、アメリカの覇権の下に形成された東アジアという地域が、地域秩序への中国の参入、アジア地域のアメリカ化、さらに今度はアメリカにおけるアジア住民の増大とアジア化などによって変わりつつある姿を描いた。最後に、「朝鮮半島の和平と共存」について、当初予定された小此木政夫氏に代わって報告した伊豆見元氏は、朝鮮戦争がいまなお「休戦状況」にとどまっており、兵力均衡に支えられた安定から平和状態に移行する上で多くの課題が残されていると述べた。
これらの報告を受けて、コーディネーターの藤原帰一は、(1)東アジア全体の地域秩序は、長期的共存への始まりにあるのか、それとも対立の膠着状態に陥りつつあるのかと問いかけたうえで、(2)地域秩序における変化の動因をどこに求めるのか、各国政府の認識、国内世論の参与、市場との関わりなどの諸要因をどう組み合わせて考えるのが適切なのか、問題提起を行った。討論では「アメリカのアジア化」の内実から日中関係の将来まで、さらに多くの論点が指摘された。21世紀に何が起こるのかはわからなくても、考える知性の方はありそうだという手応えのある会合だった。

(藤原帰一:東京大学)

≪部会概要≫

部会A-1 冷戦史の再検討
 本部会は、冷戦が終焉し、旧ソ連の解体や米国で機密文書の公開が進み事実の発掘が可能になってきたにも拘わらず、日本の冷戦史研究が国際的に著しく立ち後れている状況で開かれた。
 まず田中孝彦会員(一橋大学)が、超大国関係、外交史、国家中心に終始したと冷戦期の冷戦研究を批判的に総括し、望ましい国際秩序構築を目指した、国際関係史としての冷戦史研究、国内政治や社会変容も視座に入れたクローバル・ヒストリーとしての新研究を提唱した。今後の研究が、戦争の非制度化、世界政治の民主化などをめざす、価値的でダイナミックなものであるべきだという、冷戦史のグランド・セオリーを射程においた報告だった。
一方、旧ソ連外交政策の決定過程を最新史料を駆使して分析してきた金成浩会員(琉球大学)は、チェコ介入、アフガニスタン侵攻、ポーランド危機への不介入の3ケースを取り上げ、ソ連にとって国家利益が最優先目標だったことが改めて検証されたとし、アフガン介入後対外政策の質的転換が観察できるとした。
朱建栄会員(東洋学園大学)の第三報告は、旧ソ連史料を使いこなし、昨今国際学界でも日本をリードして元気な中国での冷戦史研究状況を紹介、分析した。政治制限、経済制限、国境の3つが突破されたことが研究の活性化につながり、朝鮮戦争・中蘇関係・ベトナム戦争をめぐる中越ソ米関係などがホットポイントだと指摘した。
討論者の石井修会員(明治学院大学)は、脱植民地化、ナショナリズムを含め、すべての戦後国際政治事象を「冷戦」のコンテキストで分析することに警戒的で、なぜ国内社会変動まで「冷戦」との関係で見なければならないのか、と主に田中報告に疑義を呈し、実は非対称的だった米ソ二極構造への新アプローチの必要性を指摘した。
国際政治史研究者を中心に会場を填めた会員間の討論は非常に活発だった。冷戦「グローバル・ヒストリー」への疑義、社会変動まで広げることへの批判、従来の世界戦争と区別される冷戦固有の原理を抽出するべきだという指摘、膨大な第一次史料への批判なき依存は危険だという意見など、それぞれが示唆的だった。緊張した、熱気溢れる今回の報告と討論から日本でも冷戦史研究の再構築が始まることが期待できそうである。

(毛里和子:早稲田大学)

部会A-2 EU統合の新たな模索
 冷戦終焉後新たなタイプの民族・地域紛争が頻発するなか、EU加盟国間では欧州独自防衛への要請が高まり、欧州共通安全保障・防衛政策(CESDP)は、EU条約の改正のたびに徐々に具体化されてきた。EUは集団防衛をNATOに委ねながら、WEUとの統合を昨年末に実現し、同機構が果たしてきた危機管理や人道援助活動など(いわゆるペーターズバークの任務)を受け継ごうとしている。一方では、それがNATOやアメリカとの軋轢を生み出してもいる。この部会は、こうした欧州安全保障の進展を3者3様の角度から分析するもので、極めて有意義な企画であったと言えよう。臼井実稲子会員(駒沢女子大学)の報告「WEUとEU共通防衛政策」は、EUへの吸収合併というより、機関(agency)としてWEUがEUに編入されること、とくにWEUが携わってきた兵器産業協力(WEAG)が将来の兵器共同市場の可能性を持ち、EUに新たな側面を加えるであろうことを強調した。吉崎知典会員(防衛研究所)の報告「大西洋関係から見たEU統合」は、地域紛争の処理にEUが共同で当たろうとする政治的コミットメントが、危機拡大にともない危機管理活動の範囲を超えて拡大する可能性を指摘し、独自防衛の生み出す諸問題に言及した。松隈潤会員(西南学院大学)の報告「イギリスと欧州防衛」は、98年秋の英仏首脳会議(サン・マロ)以降におけるブレア政権下でのイギリスの安保・防衛政策の転換について詳論しつつ、その基本政策が変化したのではないと結論づけた。討論者の立場から、森井裕一会員(東京大学)は臼井報告に対し、フォーラムとしての総会の重要性を指摘し、またWEAGをめぐる米欧間の競争関係について糺した。吉崎報告に対しては、NATOが紛争地域の安定化に寄与しうる可能性およびトルコ問題について質問し、松隈報告に対しては、"security"に関するイギリスの理解と、米英関係の変化に対する英国内の反応について問いただした。参加者は150人程度と盛況で、フロアからも坂井一成(神戸大学)、鈴木一人(筑波大学)、田中俊郎(慶応大学)、角田勝彦(中部大学)、福田耕治(早稲田大学)、森山幹郎(日本工業大学)、倉西雅子(聖学院大学非常勤講師)の各氏から質問が相次ぎ、熱心な討議が行われた。

(辰巳浅嗣:阪南大学)

部会A-3 国際関係におけるNGOの役割
 本部会では、初めに毛利聡子氏が「国際環境交渉とNGO―地球温暖化問題に取り組むトランスナショナルな活動を事例として」と題して報告し、近年のNGOの諸活動を踏まえて,いかにしたらNGOが政策決定過程に効果的影響を及ぼしうるかを計るための理論的分析枠組みを提示し、具体的にはそれを近年の地球温暖化防止をめぐる交渉に当てはめて分析した。報告は、今、わが国でも注目されている温暖化防止をめぐる国際社会の動向の実態を知るうえでも、またNGO活動に関するひとつの理論化の試みという点でも大変興味深いものであった。第2報告は、高柳彰夫氏が「グローバリゼーションの中の開発NGO」と題して報告し、グローバリゼーションの進行とともに開発NGOの活動も変化し、多様化している実態を明らかにするとともに、今後の開発NGO研究のあり方についても有意義な問題提起を行った。とくに興味深かったのは、開発NGOの活動が地域の住民の生活改善というミクロなレベルから、国家や国際機構の政策決定への働きかけや監視といったマクロなレベルでの取り組みとなっているという指摘であり、それにより、近年の国際機構の会議でのNGOの激しい抗議行動の高まりなどが決して突発的なものでないことを理解できる。第3報告は、林哲氏が「朝鮮半島の人道援助とNGO活動」と題して報告し、北朝鮮の「核開発危機」や「食糧危機」をめぐる国際的なNGOの活動や韓国での市民運動やNGOの活動について明らかにした。朝鮮半島の分断という氏の言う「旧来型の紛争」の解決のためにも今後NGOの活動と役割が重要なものとなりうるという指摘は印象的であった。
これら3報告に対して討論者の鈴木祐司氏から、NGOと国民国家との関係などNGOをめぐる根源的な問いが発せられた。時間不足でフロアとの討論が充分でなかったのは残念であったが、わが国でのNGO活動の認識を深めるうえできわめて有意義な部会であった。

(加茂雄三:青山学院大学)

部会A-4 自由論題
自由論題の部会では軽部恵子会員(桃山学院大学)による「クリントン政権の対中国政策」、小島かおる会員(放送大学)による「ケネディ政権の「大西洋パートナーシップ」構想―1962年通商拡大法を中心に―」および鈴木亨尚会員(亜細亜大学)による「アフリカにおける民主化と市民権」と題する報告がなされた。軽部会員は、クリントン政権の対中国政策について、分析枠組みとして横軸に大統領の政策達成度を、縦軸に議会の大統領に対する協力度を設定して検討した。18の事例研究の結果、経済問題に関して議会は協力的だったが、それ以外の問題では政策達成度が低く、それゆえ、新ブッシュ政権は、とくに安全保障、人権、台湾について議会に十分に注意を払うべきであると提言した。小島会員は、ケネディ政権の「大西洋パートナーシップ」構想を通商拡大法との関連からジョージ・ボール国務次官やイギリスとの関係に焦点をあてて分析。ドゴールの政策方針により「大西洋パートナーシップ」構想が失敗したとする説を批判し、この構想は、長期的かつ包括的な政策構想であり、新国際秩序を展望したものだったと述べた。鈴木会員は、アフリカの民主化に関してデモクラシーや市民権に関する研究を検討し、ザンビアなど3つのケースに言及。アフリカでは民主化に伴って、市民権に関する規範の変化が起き、(民主化の失敗ではなく)民主化の過程で生じた市民権の縮小がアフリカの紛争の一因になったと主張した。
 報告の後、佐々木卓也会員(立教大学)からクリントン政権の対中政策の基本構図等について、青木一能会員(日本大学)からザンビアの紛争と市民権との関係等について、またフロアからもコメント・質問が寄せられた。各報告は、綿密な研究であり示唆に富むものだった。

(加藤洋子:日本大学)

部会B-1 サンフランシスコ講和条約・日米安保条約50年
 活発にして面白い部会であった。サンフランシスコ講和50年を記念しての企画であったが、三報告者ともに最新の実証研究に基づく力のある発題を行ったのに加えて、歴史解釈の対立を正面からぶつけあった。それは日本の学会にはめずらしいことであろう。戦後日本にはイデオロギーの対立を含む意見の相違が多く存したが、互いに自らのタコツボで主張するのみで、公の場で正面からわたり合うことを避けがちであった。この部会では、堂場資料を含む日米の外交文書など共通の原資料に基づきつつ、ロバート・エルドリッチと坂本一哉が吉田茂の外交指導を高く評価したのに対して、豊下楢彦は基地の無限定なりようを米国に安易に許した吉田外交を批判した。高坂正尭の『宰相吉田茂』は吉田再評価を方向付けた古典的研究であるが、豊下は高坂の吉田論を批判するのではなく、これを援用しつつ吉田批判を展開するという高等技術を用いた。基地と安保条約の評価のほか、吉田が用意しつつ使わなかった非武装中立的な「C作業」、池田ミッション、太平洋協定、天皇外交などをめぐって活発な議論の応酬がなされた。激しいが不毛の対立にならないで実り多い議論が可能になったのは、三報告者の人の学問の水準の高さに加えて、討論者の木畑洋一が広い世界史的視点から適切なコメントを行い、さらに会場から細谷千博、添谷芳秀、増田弘、羽場久子、下斗米伸夫、宮里政玄、田中孝彦、井口武夫らが積極的に発言して、問題の進化と拡大に貢献したからである。このような充実した内容の研究大会を提供している本学会に敬意を表したい。

(五百旗頭真:神戸大学)

部会B-2 冷戦後の大量破壊兵器問題
標記の主題につき最初に三会員が報告を行った。遠藤哲也会員は核拡散問題に集中し、イラク,北朝鮮、またNPT外のインド・パキスタンの問題に加えて、新しい脅威としてロシアからの核分裂性物質の流出やテロリストによる盗取の可能性などを分析、新たに計量管理の強化やロシアの核解体への協力などの必要性を指摘した。加えて日本核武装論に反論した。黒澤満会員は、核兵器のほか生物、化学兵器、弾道ミサイルを含む大量破壊兵器という概念の分析から説き起こし、冷戦後の諸措置の性格を個別に分析した上で、不拡散体制の正統性の問題に触れ、供給国側からの規制に傾きがちな現状に対してデマンド側からのアプローチの重要性を提起した。石川卓会員は弾道ミサイル防衛(BMD)が戦略的には拡散対抗措置や秩序維持の介入能力強化でありうることを衝き、米国の覇権主義的秩序を支えて不拡散体制の不平等性を顕在化させかねないこと、そこから体制の「公」的性格が問われるという問題を提起した。討論者の高原孝生会員は、日本核武装論が日本のバーゲニングパワーになるという議論、非核国に対する消極的安全保障とBWC,CWC加盟国への核不使用論の関連、拒否的抑止の軍縮効果につき問題提起した。会場からもBMDの普及と情勢の不安定化、NGOの役割、核と生物、化学兵器が一緒に論じられる理由、94年の米朝枠組合意の問題点、BMD問題と国際政治の構造変化との関連などについて活発な発言があり、報告者の丁寧な応答と合わせ重要な論点が明確になった。戦略状況、軍備管理の性格変化により、(冷戦期のように)単一の論理による性急な分析は危険かもしれないこと、暗中模索的に再編されつつある各国の戦略や安全保障政策も、新たな正統性を持った国際的制度の長期的構築という視点を欠いてはならないことが示唆された意義深い議論であった。

(納家政嗣:一橋大学)

部会B-4 国際社会と国際制度
 菅波英美氏(キール大学)(「国際社会論の再検討」)は、ブルなどを中心とする「英国学派」の国際社会論を構造、機能、歴史の三つの視点から考察した。「英国学派」は、制度、慣行、道徳など(構造)を重視し、それにもとづいて国家の行動を取り扱うと言う意味で現在の構成主義と通ずるところがある。彼らは、このような主権国家システムは基本的にはうまく機能しているとするのであるが、現在では、国家間の平和や正義だけではなく、人権に関して、solidarismの考えもつよく見られ、経験的な研究も行われている。歴史的研究も、現在ではウェストファリア以前に遡る研究も行われており、歴史叙述も、meta-historicalな要素を取り入れ既存の言説を批判するような研究も行われている。猪又忠徳氏(神戸大学)(「国際的行政管理―国連PKO行財政制度の形成」)は、国連のPKOは、人道、人権の問題を含むようになり、軍事面と非軍事面の有機的な統合が必要になり、広い機能の必要性が強調されるようになった。国連のPKOは、国際公共財(あるいはそれを創出する中間財)とも言うべきものであり、決定、財政負担に関しては、不偏不党、相互理解が必要である。しかし、PKOのマネージメントは十分ではなく、透明性を高め、国連本位の受け容れ体制の「常設化」を図るべきであると論ずる。遠藤貢氏(東京大学)(「市民社会」論のグローバルな適用可能性))は、市民社会は分析概念、規範、そして実体を指す多面的なものであり、また、国家に対するもの、権威主義に対するもの、など多義的に定義される。国際社会に展開する時も、市民社会の捉え方は、国家の政策に対する非政府主体の及ぼす影響に焦点を合わせる「トランズナショナルな市民社会」やグローバル・ガヴァナンスに関わる非政府主体の影響力に注目する「グローバルな市民社会」など多様である。市民社会論は多様なものはあるが、新たなフロンティアへの予兆として重要なものである。三つの報告のあと、討論者の土山實男氏(青山学院大学)から詳細なコメントと質問がなされ、またフロアからも多くの質疑があり、活発な討論が行われた。

(山本吉宣:東京大学)

部会C-2 ロシアと隣接する欧州の安全保障
 本部会では、宮崎英隆会員(東海大学)の「フィンランドの国家安全保障政策 ―冷戦終焉後を中心に― 」と、志摩園子会員(東京成徳大学)の「バルト3国の安全保障 ―ラトヴィアを中心にして― 」、末沢恵美会員(日本国際問題研究所)の「ウクライナの安全保障―「右・左」論争の再考とウクライナ外交の展望」の三つの報告が行われた。宮崎報告は、フィンランドの国家安全保障政策を時系列的にたどり、中立政策の変容をソ連やEC/EU、NATOとの関連で跡づけた。そして、今後のフィンランドの国家安全保障政策は、軍事的非同盟の立場を堅持し、EUや国際連合、OSCEなどの危機管理行動に積極的に参加することを軸とした包括的なアプローチで進められていく可能性について言及された。志摩報告は、ラトヴィアがバルト3国の地域協力に強い関心を示してきた理由を考察しながら、バルト3国の安全保障政策の全容を明らかにした。さらにNATOの東方拡大問題が現実的な争点として浮上するなかで、歴史的な経緯や大国ロシアに隣接する地理的条件、ロシア語系住民の存在といった要素を考えたとき、バルト3国の地域協力が鍵を握っているのではないか、その地域協力がノーザン・ディメンジョン・プログラムの枠内で新たな道を見出す基盤になるのではないか、と論じた。末沢報告ではウクライナ外交の10年が総括された後に、ウクライナが直面する国内問題が対欧州、対ロシアの二軸をめぐって動揺し、「右」に向かおうとするのか、それとも「左」に向かおうとするのかという論争的状況について興味深い論点が提起された。
 討論者の中井和夫会員(東京大学)は、ロシアに隣接する国としてフィンランドを視野に入れた宮崎報告の意義を評価した。さらにフィンランドやバルト3国、ウクライナの安全保障をめぐって、特にNATOとの関連で問うコメントが加えられ、小国の安全保障の特徴を精査する必要性が強調されるとともに、ウクライナについても「右か左か」という区分よりも「右も左も」という区分と「下」からの論争軸を設定することの意義が指摘され、これらのコメントに対して、3人の報告者から示唆に富む知見が提起された。フロアーからは、地域協力やNATO観、小国の安全保障などの論点をめぐって質問やコメントが寄せられ、活溌な討論が交わされた。

(山本武彦:早稲田大学)

部会C-3 IT時代の市場と国家
本部会は、国際政治学で注目されてきたIT問題をテーマに選び、3名のプリゼンテーションを得た後フロアからの質問を受け、全体的な議論をした。プリゼンテーションは、まず、国際大学の山内康英氏が「日本−情報社会政策とポスト開発主義: 理論的考察」について発表し、次に大阪外国語大学の村山祐三氏が「アメリカのケース」について発表し、三番目に防衛大学の西脇文昭氏が「アジアのケース」について発表し、最後に広島大学の遠谷浩規氏が全体的なコメントを行った。
山内氏は、現在、ITは技術的な突破段階にあるが、日本は既存産業が強いので情報政策を行うには強力な政治力を用いないと無理であると主張した。そして、アジア国家は村上泰亮氏が主張していたような開発主義を行っているが、情報技術は開発主義に乗らないケースであるので注意が必要だとの考えも披瀝した。一方、村上氏はアメリカの科学技術政策を概観し、その中でアメリカのIT政策について述べた。村上氏は、アメリカは情報政策を見つけたと主張し、アメリカは経済サイクルがITをのばし、逆にこのITが経済サイクルを動かしているとも主張した。西脇氏は、氏が持つ独特のアジア経済発展モデルをまず述べ、インドのソフト産業などはたんに雁行形態論だけでは説明できないものもあるがおおむねアジアの発展は雁行形態的と述べた。そして、アジア社会が持つ特殊性をまず理解しないとアジアの情報産業の予測も出来ないという考えにも触れた。
最後の、コメンテイターの遠矢浩規氏は、ITは経済学でいうような収穫逓減的世界ではないため、国家間で調整出来ない部分があり、独占的市場をどの国家が完遂するかによって秩序が作られている。よって、雁行形態的ではないし、これからは不安定な国際システムになるのではないかと述べた。フロアからの議論としては、なぜIT問題が国際政治学の中でその重要性にも関わらず人気がないのかについて意見が述べられ、ITがスーザン・ストレンジが言うように市場と国家を収斂させるのかどうかについても意見が述べられた。また、ITはネットワークというコンセプトが必要であって、単に技術論だけからとらえていいのかという鋭い指摘もあった。
以上が部会の議論の概要であるが、司会者としては、経済学者や社会学者がIT問題を真剣に議論していのに、当の国際政治学者の意識がまことに薄いのも問題であるが、もっと問題なのは、日本全体のIT議論が表層的に政策担当者たちによってとらえられており、戦略的な政策論として議論されていないことがそもそも重大問題だという感を強くした。

(薬師寺泰蔵:慶応義塾大学)

部会C-4 人間の安全保障
 本部会のオーガナイザーは大東文化大学教授の加藤普章氏である。本部会では以下のような報告と討論が行われた。
(報告)人間の安全保障-概念的考察来栖薫子(神戸大学)
対人地雷問題とオタワ・プロセスの特色目加田節子(東京財団)
カナダ外交とPKO活動吉田健正(桜美林大学)
(討論)梅本哲也(静岡県立大学)
 来栖会員は人間の安全保障の定義と、政治分野の安全保障化における諸問題の概観を提示した。
 目加田会員は「対人地雷問題とオタワ・プロセスの特色」の発表で、対人地雷全面禁止条約締結を実現したオタワ・プロセスの最大の特徴について、非政府組織の国際ネットワークと、対人地雷全面禁止を政治目的として共有する国家群の連携にあると分析した。そして、同条約締結が、オタワ・プロセスの他分野への応用を指向した「人間の安全保障ネットワーク」形成の契機となり、人間の安全保障という概念を進化させる触媒となったと論じた。
 吉田会員は、狭義の国益にとらわれないカナダの外交と幅広い国連平和維持活動を、連邦結成の経緯、英連邦との関係、国連とミドルパワーを自任した同国の国際平和理念の一致、ピアソン外相のノーベル平和賞受賞と参加型国際主義などを背景にした政治文化に求めた。そしてカナダは近年、軍備縮小を進める一方で、要員訓練やヒューマン・セキュリティ活動、国連以外の同志的アクターとの連携による活動を重視している、と論じた。

(ハラルド・クラインシュミット:筑波大学)

≪分科会概要≫

分科会A-1 日本外交史T
 本分科会では以下の2報告が行われた。
立川京一会員「残留日本兵研究の方法と課題」
佐藤晋会員「戦後日本外交とアジア秩序構想―1950年代後半における日本とアジア―」
立川報告はインドシナを中心に、終戦後の残留日本兵について、その定義、研究の現状、インタビューや資料収集、研究目的設定の困難性等を述べ、クリストファー・ゴシャとの共同研究の成果にも言及した。フロアとの間で、東南アジア残留日本兵数、残留後の行動と役割、戦犯・抑留者と区別する理由などについて質疑応答がなされた。佐藤報告はまず、日本政府・外務省の終戦直後からの「アジア秩序」にかかわる主体的構想の連鎖を抽出する。中国について、終戦直後の日中提携構想は、米中冷戦下でも台湾を分離し中国を経済的相互依存関係に組み入れるという構想につながり、吉田政権以来の東南アジア開発構想について、アジアナショナリズムが共産主義に結びつき、経済ナショナリズムがアウタルキー経済に傾斜することを阻止するため開放的な多国間協力機構の構想が背景に存在したことを指摘した。これらは1950年代後半には、中国を含むアジア地域に相互依存的な経済秩序の構築(アジア秩序構想)として日本のアジア外交構想の中核に位置するのである。フロアとの間で、「アジア秩序」と呼称した理由、アジア外交の主体性、政権による構想の濃淡等について活発な質疑応答がなされた。両報告とも戦後初期のアジアに対する日本の関与や構想の再検討という問題意識に発する意欲的な内容であった。

(波多野澄雄:筑波大学)

分科会B-1 日本外交史U
 同志社大学大学院の柴田茂紀会員は、「日本のGATT『仮』加入とカナダ」との論題で、日本のGATT加入をめぐるカナダの立場や政策について報告した。日本のGATT加入に際し、カナダの果たした重要な役割にもかかわらず、これまでカナダに焦点を当てた研究はなかった。その空白を埋める貴重な研究である。一方、一橋大学大学院の高瀬弘文会員は「日本のココム加入の再検討―外務省と通産省の動向を中心に」との論題で、日本のココム加入をめぐる外務省と通産省の政策の相違に焦点をあてた報告を行った。本研究は、近年利用できるようになった日本外交史料を用いて、日本政府のココム加入の意図や目的を再評価しようとする新しい試みである。日本のGATT加入とココム加入は、米国の世界戦略のなかで相互に関連しており、両報告のテーマは共通の時代背景をもっている。この二つの報告によって、当時の日本の経済外交に関わる国際的文脈が浮き彫りにされた形である。
 フロアからも活発な質疑応答があった。井口武夫会員からは元外交官としてのコメントが、また外務省外交史料館の原口邦紘会員からは史料の面から有益なコメントがあった。またココム関係の著作がある加藤洋子会員からも論争的なコメントがあった。今後の日本の外交史研究の発展のためには、外交文書だけでなく各省庁の公文書が公開されることが重要であるという点が、質疑応答を通じて、再確認されることとなった。学会として、公文書の公開を促す努力を続けていきたいものである。

(赤根谷達雄:筑波大学)

分科会A-2/B-2 アメリカ政治外交T
二人の会員がベトナム戦争について報告を行った。最初に福田茂夫会員(名古屋大学名誉教授)が、あまり実証的な研究が進んでいない、地上軍派遣以後の1966年から1967年までの2年間のジョンソン大統領によるベトナム戦争政策について発表し、次のような幾つかの興味ある指摘を行った。@1966年に入ると、戦争政策決定過程においてラスク国務長官の発言力が強まり、それに伴って戦争がマクナマラ国防長官主導のものからジョンソン自身が直接主導する戦争に変わった。A1967年になると、翌年の大統領選挙での勝利を睨んだ形で戦争政策の策定が行われるようになった。Bジョンソン大統領は北爆の範囲を限定することによって、ソ連や中国に対して「この戦争が限定戦争である」とのシグナルを送ろうとした。この発表に対して、核兵器の使用問題やベトナム戦争と偉大な社会建設との関連性などについて質問が寄せられ、時間を忘れるほど活発な討議が行われた。
次に小林哲会員(一橋大学大学院)が、トンキン湾決議前後の1963年から1965年にかけてのアメリカ政府の対ベトナム政策とイギリス、フランス、ソ連、中国といった主要大国の対応ぶりについて発表した。その中で小林会員は、その当時イギリスやソ連が提案していた和平交渉案にアメリカ政府が乗らなかったのは、不用意に和平交渉案に乗れば、すでに揺らぎ始めているアメリカの信頼性が一層失墜することになりかねないとの強い警戒心が働いていたためであると指摘した。フロアーからは、ベトナム戦争に派兵した韓国、オーストラリア、タイなどの同盟国についても取り上げるべきではないかといった意見が出された。

(高松基之:東洋英和女学院大学)

分科会A-3/B-3 ロシア・東欧T・U
 ロシア・東欧Tでは「ソ連東欧圏の形成」というテーマで、柳沢秀一氏(上智大学)が「ソ連の対ルーマニア政策とソ連・東欧圏の成立1944〜47年−ソ連のトランシルヴァニア問題調停を中心に」の報告を行った。柳沢氏は、ソ連がハンガリーを犠牲にしてルーマニアの領土問題を解決し、ルーマニアのみならずハンガリーに対しても影響力を強めていったことを指摘した。討論者の駒村会員(信州大学)から、ソ連の行動は調停ではなく代償では、親ソ政権が目的では、ソ連側の決定過程や日本の冷戦史研究などついて質問がなされた。林、羽場、六鹿、荻野、伊東各会員から追加すべき論点や資料の扱いなどについて有益な発言があった。
 ロシア・東欧Uでは、「南コーカサスの国際政治」というテーマで、廣瀬陽子氏(東京大学大学院)が「アゼルバイジャンの石油をめぐる国際関係の現状と同国および各国の外交戦略」の報告を行った。廣瀬会員は、米国−トルコ−アゼルバイジャン−グルジア枢軸とロシア−アルメニア−イラン枢軸の対立の中で、石油に依存するアゼルバイジャンの内政外交が大国間で微妙なバランスをとりつつ今後も展開することを指摘した。討論者の松井会員(大東文化大学)から、石油は政治外交の道具というよりは不安定要因では、外交視座の図示は単純化しすぎる欠点はないかなどについて質問がなされた。酒井、藤巻、横手、林、岩下の各会員から石油と独裁体制の関係、内政外交の主体性などについて有益な発言があった。
 30−40名の参加のもとで議論が活発に行われた。席上日本ロシア・東欧研究連絡協議会の第2回シンポジウム「日本とロシア」への参加について案内がなされた。

(岩田賢司:広島大学)

分科会A-5 安全保障T
「経済制裁研究と国際政治理論―リアリズム、リベラリズム、コンストラクティヴィズム」というテーマについて、古賀善文会員(ピッツバーグ大学院博士候補)が、論文をもとに、国内の法的制裁との類推でこれと考えるリベラル理論、対外政策の手段と見るリアリズムを批判しながら、コンストラクティヴィズムにたつ経済制裁論を展開した。すなわち、経済制裁は、国際社会の「階層」の高い国が低い国に対してのみかけられるもので、それによって覇権国が国際社会の逸脱行為を防止し、国際規範を構築する過程である、という。
同報告に対し石田淳会員(都立大)が論点がよく整理されていると評価しながらも、制裁する側の機会費用の問題や、制裁がかけられた事例だけを見て、かけられなかった事例をどう考えるか等の問題を提起した。また、会場からも大沼保昭会員(東大)から、経済制裁がつくるという国際規範は、結局は現状維持のためのものではないのかという質問が、またH・スガナミ氏(英国キール大)からは、英国学派からの説明などがあった。長年安全保障分科会を担当されてきた志鳥學修会員(武蔵工大)の司会で活発な質疑応答がかわされ、満員の盛況だった。

(土山實男:青山学院大学)

分科会A-6 国際政治経済
 明日香寿川氏(東北大学)が「東アジアにおける地域環境協力の現状と課題」、松本悟氏(メコン・ウォッチ)が「問題解決のための世界銀行とアドボカシーNGOの連携」という題で報告した。越境酸性雨被害の防止を目的とする制度形成がアジア地域では何故遅れているのか、というのが明日香報告の中心テーマとなった。日本における被害の実態とそれに対する中国の影響に関する定量的な分析や日本の環境ODAに関するデータなどが紹介され、酸性雨の被害の程度や汚染国と被害国の区別が地域的協力のレベルに関係し、協力の実現には統一的な科学的知見の形成および「トップダウン」の制度づくりが必要であると述べられた。松本報告では世銀とNGOの連携が可能であることが世界ダム委員会(WCD)およびカンボジアの違法伐採を例に示された。前者では世銀と国際自然保護連盟(IUCN)が連携し、賛成・反対派が共に「合意できる知識」が作られることになり、後者では、カンボジア政府と英国のNGOとの連携により世銀のプロジェクトがサポートされることとなった。
 両報告に対して討論者の太田宏会員(青山学院大学)から研究者間のモデル結果の差異や政策決定へのNGOの参加とNGOのアイデンティティーの関係について問題提起があった。またフロアーからは行政機関から独立した委員会では実効性に欠けるのでは、という疑問が呈せられたが、松本氏の方から「開かれた」意思決定プロセスに伴う道義的な拘束力について示唆に富むコメントがあった。

(山田高敬:上智大学)

分科会C-1 日本外交史V
 酒井一臣氏の報告「文明国標準としての協調外交」は、帝国史研究の成果を踏まえ、「文明国標準」という魅力的な概念によって近代日本外交の全体像を提示した。茶谷誠一氏の報告「国際聯盟脱退の政治過程」は、満州事変後の宮中勢力の動向に着目し、国際連盟脱退決定に際して宮中勢力がワシントン体制維持重視派と立憲君主制重視派とに分裂し、そのことが軍部統制の機会を失わせたと指摘した。高橋勝浩氏の報告「出淵勝次日記にみる満州事変下の日本外交」では、出淵駐米大使の日記に基づき、日米関係修復のために考えられた様々の構想が紹介された。討論者の小池聖一氏は、酒井報告の「文明国標準」の多義性に疑問を呈し、茶谷報告についてはワシントン体制重視と立憲君主制重視との両立性を指摘し、高橋報告については出淵がアメリカは満州国を黙認すると判断するに至った理由を質した。そのほか増田弘氏が石橋湛山の主張と外務省の「満蒙放棄論」との関連について、村井良太氏が御前会議が実現した場合の軍部統制の可能性について、細谷千博氏が対米特使派遣構想について、それぞれ質問した。予定時間を30分超過したが、充実した内容の報告と質疑応答であった。

(戸部良一:防衛大学校)

分科会C-2 東アジア国際政治史T
 東アジア国際政治史分科会Tでは、1930年代を中心とした中国の政治外交をテーマに取り上げた。横山宏章会員(長崎シーボルト大学)が司会を担当し、家近亮子会員(敬愛大学)からは「蒋介石の対日政策−『安内攘外期』を中心として」、また柴田哲雄会員(京都大学)からは「汪精衛南京政府の政治構造−思想と運動」の題で報告が行われた。本分科会の中にはかつてから「民国史研究会」が併設されているが、久しぶりに蒋介石、汪精衛という指導的政治家の分析を扱う本格的な中華民国史研究会となった。出席者は約25名。
 家近報告は、蒋介石の「安内攘外」政策の内容を詳細に分析し、これが単に蒋の独裁やファシスト的側面を表すものではなく、この政策により、国家建設の一定水準までの達成と、英米との同盟関係の樹立という有意義な政治的効果を得ることができたことを立証した。柴田報告も、汪精衛の外交観や政治思想を再検討し、単純な「傀儡」評価を覆そうと試みるものであった。いずれの報告も高い評価を得るものであったが、出された質問の中で最も重要なものが、最近の中国政治外交史における個々の事象についての評価の見直しが、全体としてどのような歴史像を作り上げていくのかという問題であった。司会の横山会員からも最後に、この点について今後、注意を払っていくべきであるとの問題提起がなされた。

(滝口太郎:東京女子大学)

分科会C-3 欧州国際政治史・欧州研究分科会
 欧州連合に加盟を希望する国々は欧州連合が設定した政治基準に沿って民主化を進めている。今回は、この意味での「欧州の民主化」をテ−マとした。小森宏美(早稲田大学非常勤講師)報告では、EUと加盟申請国エストニアとの関係をかかる観点から考察し、加盟を切望する同国にとってEUの要求は時に圧力となり、ソ連時代の「移民」であるロシア語系住民の国籍問題等は一部解決したことが指摘された。同国では、今後も欧州の動向を見据えつつ、国民国家の形成が模索されるとの結論が導かれた。東野篤子(慶応義塾大学大学院)報告は、EU東方拡大過程の進展に伴い、EU加盟のための「政治基準(1993年のコペンハ−ゲン欧州理事会決定)の意味や位置付けが変化してきた経緯を対象とした。同氏はこの問題をEU側の公開資料に基づいて詳細に跡づけつつ、EU拡大過程における政治・安全保障面の比重が近年著しく高まりつつあることを指摘した。大津留智恵子氏(国立民族学博物館助教授)からは米国による民主化の理念との比較の上に立つコメントが寄せられた他、50数名の参加者を得て活発な質疑応答がなされた。
 本分科会では、欧州国際政治史及び現代欧州研究の報告者を広く募集しており、自薦、他薦を問わず、ご連絡をお待ちしております。連絡先:国際基督教大学国際関係学科 植田隆子

(植田隆子:国際基督教大学)

分科会C-4 アメリカ政治外交U <[BR> 「1990年代カナダにおける政党システムの再編」(木暮健太郎・山梨大学)
 本報告では、1990年代初頭から現在にいたるまで、カナダの政党システムの変動が分析された。北米では第三政党が育たないという"神話"がある。しかしそれはカナダの場合あてはまらない。伝統的にはカナダ進歩保守党(以下PC)とカナダ自由党(以下LP)の二大政党制に加え、第三・第四政党の存在がカナダ政治を特徴づけていたからだ。
 その上で、今回は、さらに1990年以降の顕著な政治変動を考察したものだ。第一は1993年総選挙の結果、二大政党の一翼を担ってきたPCの地滑り的激減、第二は西部に基盤を置く改革党(現・カナダ連盟)やケベック連合のように、特定地域に基盤を置く新たな政党の台頭、そして第三として、LPの圧倒的一党優位を軸に、従来と異なる多党化現象の顕在化。これらが実証的に分析された。その背景を、選挙制度や独自の地域主義にあるとしつつ、この現象は今しばらく継続されると予測された。説得力ある報告であった。

(竹中 豊:カリタス女子短期大学)

分科会C-5 東アジアT
当分科会は、想定を越える多数の会員が参加し、部会並の規模になった。川勝千賀子会員は、米国の対中脅威認識の形成に関する報告で、冷戦終結後の米国における対中脅威認識の高まりは、中国の軍事力の増大や行動の変化にというよりも、米国の主要な脅威であったソ連が崩壊したことや、中国経済が巨大化するという予測などによって説明できると論じた。また島袋純会員は「日米安保の中の沖縄」と題する報告で、沖縄におけるいわゆる特措法改正のプロセスを詳細に追跡し、基地問題で中央政府は沖縄県の関与する可能性を効果的に消し去ったと評価した。
以上の報告に対する藤原修会員の巧みな総括と問題提起に続いて、フロアから川勝会員に対して、「脅威」の捉え方が限定的に過ぎないか、「脅威」には異質な要素が含まれ、概念に一体性を欠くのではないかといった点が、また島袋会員に対しては、中央政府の措置には、中央政府の責任を増大させる側面があるのではないか、安全保障政策上の問題に対する地方政府の関与にはそもそも限界があるのが当然ではないかといった諸点が提起され、活発なセッションとなった。

(田所昌幸:防衛大学校)

分科会C-6 ラテンアメリカ
「ブラジル・カルドーゾ大統領の外交戦略」と題する子安昭子会員(神田外語大)の報告が行われた。初めに、ブラジルを取り巻く国内・国際環境の変化が及ぼす影響についての研究を踏まえた上で、カルドーゾ大統領のパーソナリティーや政治経済的思想という点から外交戦略の特徴を捉えることが重要ではないかとの問題提起がなされた。すなわち南米の経済統合(特にメルコスール)や地域におけるリーダーシップを追及する今日のブラジル外交は、決して経済的効果や地域における覇権獲得といったことではなく、ラテンアメリカ諸国における民主主義や社会的公正を重視するカルドーゾ自身の考え方が大きく影響するというのが報告の要旨である。これに対して討論者の三橋利光会員から、カルドーゾ政権をやや薔薇色に描いているものの、その内政・外交の両面にわたる丁寧な分析はおおむね妥当と評価するが、ネオリベラリズム路線とは異なるという報告者の指摘は疑問だとのコメントがあった。軍政時代に亡命を余儀なくされた従属論者であり、第三の道を模索しつつ現在二期目を務める大統領の施政がテーマであったので、少数とはいえ参加者の関心も高く、活発な質疑が交わされた。

(乗 浩子:帝京大学)

分科会C-7 国際統合
今回の国際統合分科会では、第1に欧州地域のサブリージョナリズムの問題をとりあげた。まず、「欧州地域主義の胎動」というテーマで柑本英雄会員(弘前大学)が、北海沿岸の7つのサブリージョンの越境協力の事例を取り上げ、欧州委員会、構成国、地方自治体、その他行為体の諸関係を理論化し、論及した。これに対し「欧州極北地域協力-バレンツ地域サブリージョナリズムを事例として」上村信幸会員(国士舘大学)は、北欧諸国とロシアおよびEUで構成されるバレンツ海欧州北極圏評議会による多角的な地域協力の実態について、サブリージョナリズムが安全保障、環境、開発、社会・経済面でも安定化に大きく寄与してきたことを実証した。両報告者による理論と実証の両面から分析は、サブナショナルレベルの地域統合の新しい動向を浮かび上がらせ、興味深かった。
第2は、山本健会員(一橋大学大学院)による欧州統合史の研究であり、「ヨーロッパ石炭鉄鋼共同体の成立過程」にアメリカがどのように関与してきたのか、最近公開された歴史資料等に基づく実証的な手堅い報告であった。限られた時間内であったが、いずれの報告も大変充実したものであり、フロア―も交えて大変活発な議論が行なわれた。

(福田耕治:早稲田大学)

分科会C-8 安全保障U
東アジアの安全保障問題の焦点の一つに北朝鮮の核開発疑惑問題がある。石黒馨会員(神戸大)は、この問題をゲーム理論を使って「米朝核交渉の戦略理論――ペリー報告のゲーム理論のゲーム理論的分析」として、用意された論文をもとに報告した。同報告は、たとえ米国が北朝鮮核・ミサイル開発に対する制裁に批准をうることができなくても、制裁に十分な信頼を確立できれば、ペリー報告の政策を成功させうる、また核が有効ではないことが明確になれば、北朝鮮の核開発の誘因は下がる、としている。
これに対し、河野勝会員(青山学院)は、例えば、「2レベルゲーム」は国内交渉が国際交渉にどのように影響するかが焦点とならなければならないなど、主に理論的側面の質問を行なった。次いで倉田秀也(杏林大)は、交渉を単に米朝間のものとみていいのか、米国はNPTレジームなど国際社会を代表している面があるのではないか、また、核とミサイルは別個の問題ではないかなどの指摘を行なった。次いでフロアーから、神谷万丈会員(防衛大)や武貞秀士会員(防衛研究所)らから、北朝鮮が考えている核の位置づけや役割などについて質問が出された。大畠英樹会員(早大)からは、北朝鮮のような情報の閉ざされた国の外交を分析するうえでの難しさについての指摘があった。同問題の関心の高さを反映してか、途中で椅子を補充したが、会場に入りきれない状況となった。安全保障分科会では、今後、石黒報告のような理論的な分析を重視していきたい。

(土山實男:青山学院大学)

分科会C-9 政策決定
 本分科会では、沖縄問題を取り上げた。報告は宮里政玄会員(沖縄対外問題研究会)による「日米関係と沖縄1945〜1972」である。報告内容は、昨年末に刊行された宮里会員の新著の内容に則したもので、「日米関係と沖縄」に関する、主として日本における研究の変遷、この研究に使用した新しい史料について、分析の視点について、そして最後に沖縄返還交渉についての若干の分析結果の順で行われた。特に、この研究では日本・アメリカ・沖縄の3者間(もしくは2.5者間)の相互作用の観点から分析が行われたこと、また沖縄返還の交渉に対するアメリカ側の政策決定は、アリソンの第3モデルではなく第1(合理行為者)モデルが適当であるとの結果を導き出していること等が披露された。
 報告に対する討論として菅英輝会員(九州大学)が返還について沖縄の対応と本土の外交との関係を質したほか、新著の内容にも及ぶ広範囲から問題の指摘、意見を述べた。フロアーからは、主として史料の内容に関する確認の質問が多く出た。なお、当日午前中に行われた部会B−1の続編的雰囲気があり、報告者、討論者およびフロアーの熱気が強く感じられた。

(長尾 悟:東洋学園大学)

分科会C-10 国際交流
 ヒトの国際移動としての難民と、国家のかかわりを明らかにするという観点から、難民問題を国際法の立場で研究している墓田桂会員(金沢大学大学院)が「アフリカにおける難民問題ー脆弱な国家性との関連で」と題して報告、これに中部アフリカ仏語圏が専門の武内進一会員(アジア経済研究所)がコメントを加えた。
 墓田会員は、世界の難民の3割を占めるアフリカ難民の直接の発生原因は国民国家の擬制性など国家の脆弱性にあるとし、アフリカ社会の伝統的なチエに学んで多民族共生を模索する予防外交、平和構築が求められると論じた。武内会員はこの問題設定を妥当としながらも、国家の擬制性を難民発生に直接結びつけるのではなく、構成民族のアイデンティティを操作する内外の政治権力の検討、難民のレベルに応じた解決法の探求を唱えた。参会者からは、多民族共生のメカニズム、国境を超える価値観の流れの不可逆性などについて意見交換が行われた。また研究の力点を「国家」より「交流」におくべきだとする意見と、国際交流の研究に国家の国際政治学的な分析は欠かせないという考えの間で、議論がたたかわされた。

(阿部汎克:青葉学園短期大学)

分科会C-11 国連研究
 ロンドン大学大学院の永田博美会員による「国連平和維持活動の再検討とその改革への今後の展望−『ブラヒミ・レボート』を中心に−」と、日本国際問題研究所の山田哲也会員による「国連要員の安全確保を巡る諸問題」の2つの報告がなされた。いずれも、PKO全体の近年の傾向と問題点およびその改善について、的確に分析し明瞭に整理した良い報告であった。第1の報告は、昨年発表されたPKO改革勧告書である通称『ブラヒミ・レポート』を検討し、今後のPKO改革の見通しを検証した。同勧告書は問題点を率直に指摘し、現実的な改革案を提示したことで各国からも高く評価されているが、その改革案の実行に必要とされる人的・経済的資源を今後加盟国が進んで提供するかなど、改革実現のためのハードルも高い。第2の報告は、要員の安全確保を巡る国連の動きを概観した後、1999年に発効したばかりの「国連要員及び関連要員の安全に関する条約」の内容を分析した。特に、批准国が50カ国ほどにとどまり、しかもそのほとんどが日本を含む先進国か要員を派遣する側の諸国であることや政治的妥協により内容に不明確な点が残ることなどの諸問題を指摘している。なお、活発な討論の最後に、実際にブラヒミ報告の作成に加わった志村尚子会員からも貴重なコメントを頂いた。

(渡部茂己:常磐大学)

分科会C-12 平和研究
《安全保障への新しい視点−批判理論からの視座設定》
今回は批判理論による安全保障論をテーマに、野崎孝弘会員(横浜国立大学)から「表象をめぐる政治の視点から」、羽後静子会員(ヨーク大学大学院)から「『人間の安全保障』と批判理論」の二つの報告を得た。
野崎会員は「人間の安全保障」という概念が本質主義的姿勢にからめ取られ変質してしまっていることを指摘し、その本来の有りように立ち戻るには表象をめぐる政治への視座設定が不可欠であることを述べた。羽後会員はグローバル化がもたらした組織犯罪、女性と子どもの人身売買の問題を取り上げて、フェミニストの立場から公的レベルでの「人間の安全保障」政策がいかにあるべきかを考察する内容であった。
討論者の澤田眞治会員(岐阜大学)と土佐弘之会員(東北大学)からは、それぞれに二つの報告について丁寧な問題提起がなされ、とくに土佐会員からの日本の国際政治学界に広がる自然主義的態度や安易な人間中心主義への批判が印象的で、両報告と響きあって批判理論の立場からのマニフェスト的意味をもったパネルとなった。会場には予想を超える40人近い会員が集まり、武者小路公秀会員からの日本における研究史を踏まえた形而上・形而下両面にわたる発言を得て、充実した意見交換をすることができた。

(石川一雄:専修大学)

分科会D-1/E-1 東アジア国際政治史U
 東アジア国際政治史分科会Uでは、大学院博士課程在籍、あるいは修了直後の若い研究者3名の研究報告を扱った。報告題目は以下の通り。
1.石突美香(明治大学大学院)「独ソ不可侵条約と清沢洌」
2.樋口秀実(国学院大学)「日中関係と日本海軍−日中海軍提携構想をめぐって」
3.高一(一橋大学大学院)「統一朝鮮を巡る朝中ソ関係1949〜1950−北朝鮮の視点から」
 3名のテーマがそれぞれ異なっていたため、D−1/E−1の2セッションを連続して利用した。3時間近くの分科会となったため、ある程度の参加者の入れ替わりがあったが、ほぼ35名前後が出席した。石突報告は、「複雑怪奇」といわれた独ソ不可侵条約の締結を見通した外交評論家、清沢洌を評価することによって、外交における情報収集の重要性を指摘したもの。樋口報告は、従来、軽視されてきた日本海軍の対中政策に光を当てることによって、日米戦争にいたる海軍の外交構想を描き出し、戦前期日本外交の政策決定の研究に寄与しようとしたものである。高報告は、「労働新聞」を主たる資料に用いて、朝鮮戦争の開戦を北朝鮮外交の視点からとらえ、北朝鮮が中ソを開戦に巻き込んでゆく外交交渉の過程を描いた。ここでは、中朝関係を梃子にすることによって、ソ連からの南進許可を得たとの仮説が用いられている。フロアからは、細かい事実関係の確認や、それぞれの論点を大きな歴史の流れの中でどうとらえていくのかなどの質問が出された。各報告者とも若手研究者であるため、若干未完成な部分も見受けられたが、いずれも問題意識にとむ意欲的な報告であった。

(滝口太郎:東京女子大学)

分科会D-2/E-2 アメリカ政治外交V
 三人の会員がクリントン政権下の外交・安全保障問題について報告を行った。最初に前嶋和弘会員(メリーランド大学大学院)が、「アメリカ連邦議会における中国に対する恒久正常通商関係(PNTR)法案成立要因過程の分析」と題して研究発表を行い、多重回帰投票行動モデルを使って、同法案に対する上下両院議員の投票行動を分析した。法案の採決にあたっては、下院の民主党議員の間で足並みの乱れがあったものの、所属政党が各議員の投票行動に大きな影響を与えていたことが立証された。フロアーからは、産業界を一枚岩としては分析できないのではないかといった質問が出された。
次に島村直幸会員(関東学院大学非常勤)が、1994年の中間選挙で下院の多数党となった共和党議員らが中心となって作成し、発表した「アメリカの契約」を取り上げ、それがクリントン外交にどのような影響を与えたかについて報告を行った。その中で島村会員は、国連の平和維持活動、本土ミサイル防衛、NATOの三つの事例を取り上げ、1995年から1996年にかけてのクリントン外交の変化には、共和党多数議会の影響が見られると論じた。これに対して、「アメリカの契約」という視点からだけで、1996年以降のクリントン外交に対する議会の影響を論ずることには少々無理があるのではないかとの意見がフロアーから出された。
最後に佐藤丙午会員(防衛研究所)から、21世紀における兵器及び兵器製造技術に関するアメリカの不拡散政策についての研究報告があった。その中で佐藤会員は、脅威認識の多様化や兵器製造技術の世界的な拡散などに見られるように、1990年代になり不拡散政策をめぐる環境が大きく変化したことから、いまや国際的な輸出管理枠組の再構築と輸出管理を行うアメリカ行政組織の改変が急務となってきていると指摘した。

(高松基之:東洋英和女学院大学)

分科会D-3/E-3 ロシア・東欧V
 ロシア・東欧Vでは「ロシアの連邦制」という共通テーマで、堀内賢志氏(早稲田大学)が第一報告として「プーチン政権の連邦制改革−『極東連邦管区』における展開」の報告を行った。堀内氏は、プーチンが共通市場形成のために地方の権威主義に対抗して集権化を行っていること、集権の枠組みの中での極東管区のイニシアチブが焦点であることなどを指摘した。討論者の兵頭慎治会員(防衛研究所)から、集権化というよりもソ連崩壊後の秩序の回復や内部機構の変更では、ソ連時代の89主体が実態で形式が7管区ではなどの質問がなされた。下斗米、毛里、横手、兵頭(長)各会員から追加論点や地方権威主義の用法などについて体験談を交えた興味深い発言があった。
 第二報告として、武田智世氏(早稲田大学大学院)が「ロシア連邦構成主体における制度選択問題−ウドムルト共和国とダゲスタン共和国を中心に」の報告を行った。武田会員は、99年の構成主体法によって、民族構成が相対的に単純なウドムルトでは大統領制が導入されたのに対し、複雑な民族構成をとり共和国内の駆け引きが根深いダゲスタンでは導入が困難なことを指摘した。討論者の袴田会員(青山学院大学)から、ロシアの体制移行の困難は政策次元よりも社会的エトスの問題では、共和国による権限囲い込みの動きも政策よりも文明の視点から見るべきではないかなどについて質問がなされた。林、羽場、横手、兵頭(慎)、下斗米の各会員から事例共和国の選び方や理論などについて有益な発言があった。
 20−30名の参加のもとで議論が活発に行われた。
 席上、本分科会の責任者として現責任者の岩田が再任された。

(岩田賢司:広島大学)

分科会D-4/E-4 中東
「中東」分科会においては、中村覚(東北大学大学院)氏による「サウディアラビア王国の国民形成−過程と特性−」、末近浩太(京都大学大学院)氏による「ポスト内戦期レバノンにおけるヒズブッラー−現状と展望−」の二つの報告を連続討議した。
中村報告はサウディアラビアにおいて部族意識、国民意識、宗教意識など諸アイデンティティが重層していることを問題意識の核に置き、なかでも先行研究の多くが部族アイデンティティに力点を置いた分析をしているのに対して、実態として部族の政治的社会的価値の低下を指摘する。その上で1960年代以降国民アイデンティティの創出が推進され、そこでは「神、王、祖国」という三つのシンボルへの忠誠が育成されたと論じている。これに対して富田広士会員(慶應義塾大学)から、アイデンティティの変質過程を実態として捉えることは困難でありむしろ国家によるイデオロギー操作として分析したほうがよいのではないか、という指摘があった他、個別事例の立証過程での問題点が数点指摘された。フロアからも社会経済的実態とシンボル操作のどちらに問題を設定し分析対象とするのか混乱しているという趣旨の質問がいくつかなされた上で、三つのシンボル・セットの有りようにむしろ関心が持たれるとの議論がなされた。
続く末近報告は、2000年のイスラエルのレバノン撤退以降、イスラーム運動組織であるヒズブッラーが活動上いかに変質したかを追ったものである。その結果、ヒズブッラーは内戦終結後も一貫した革命姿勢をとり続けてはいるが、多様な戦術・戦略を変化させることによりそれがイデオロギー面にフィードバックされて組織的な成熟をもたらしたと結論づける。特に宗派主義対脱宗派的世俗主義や汎イスラーム主義対国民主義など、争点となるイデオロギーの接点に照準を合わせた戦略を構築したことが、その成功の原因であるとする。これに対して池田明史会員(東洋英和女学院大学)より、果たして党内で対立するイデオロギーの矛盾消化ができているかどうか疑問であり、逆に消化できないがゆえに争点を曖昧にしたままで活動を展開せざるを得ないのではないかとの指摘がなされた。またフロアからは、ヒズブッラーを社会運動体として捉えるのか政党として捉えるのか、という質問が提示された。
最後に池田会員から、いずれの報告も現代中東政治における伝統/近代、世俗/宗教等の二項対立的構造ではなく第三項的存在の出現を捉えたものである点、国民形成とイスラームの関係を分析対象としたものである点で共通しているとの指摘があった。このテーマにおいて、大学院生を中心とした若い世代の間で現代中東政治研究に対する関心が高まっているのは心強い。

(酒井啓子:アジア経済研究所)

分科会D-5/E-5 理論と方法
「理論と方法」分科会の第一セッションでは、まず岡田晃枝会員(東京大学大学院)が「国際関係論の「関係論」的転回にむけて――「社会ネットワーク分析」の導入による新たな可能性――」の論題で報告を行った。岡田会員の報告は、主要概念の解説を中心に社会ネットワーク分析の方法を紹介するとともに、国際政治分析への応用の可能性を探るものであった。フロアからは、ネットワークの形成および変容(動的変化)をいかに捉えるべきか、など多数の質問が寄せられた。
次に林光会員(東京大学大学院)が「国連平和維持活動の生存分析」の論題で報告を行った。PKOへの参加のタイミングを、「規範」の出現とその伝播に着目する構成主義的観点から説明することができるだろうか。林会員の報告は、上記仮説を生存分析という計量手法を用いて検証を行った上で、理論仮説と観察される現実との間に整合性が見られるとの結論を提示した。フロアからは、生存分析という計量手法が用いられる根拠の説明の明確化が求められるとともに、民主化や人権規約の批准などがPKO参加のタイミングを説明する重要な要因ではないか、といった示唆が寄せられた。
第二セッションでは、光辻克馬会員(東京大学大学院)と山本和也会員(東京大学)が、「Agent Based Simulatorとその実例」の論題で報告を行った。シミュレータ開発とこれまでの研究の経緯についての説明の後、山本会員が「勢力均衡モデル」について、続いて光辻会員が「分離主義モデル」について簡単な紹介を行った。前者では、いかなる条件の下で多国間システムが安定し世界帝国の形成が阻止されるのか、後者では、エスニックな運動とナショナルな運動のうち、どちらがどのような条件の下で優勢になるのか、といった問題が考察された。質疑では、シミュレーションが既存の理論分析に対してどのようなフィードバックができるのかといった疑問や、また、シミュレーションの分類学や有用性に関する議論が一層深められる必要があるのではないかといった提言が寄せられた。時間的な制約にもかかわらず、マクロの現象の背後にあるミクロの相互作用の分析にはこの種のシミュレーションが有効であることを示す報告であった。

(石田 淳:東京都立大学)

分科会D-6 東南アジア
庄司智孝(東京大学大学院)会員「ベトナム戦争期における北ベトナム政府の政策決定とイデオロギー:1950年代後半のベトナム労働党の政治過程分析」と、金丸裕志(九州大学大学院)会員「シンガポールのグループ代表選挙区(GRC)制:人民行動党の選挙制度改変と政権維持戦略」という2報告が行われた。庄司報告は、北部社会主義建設の開始から南部武装闘争解除にいたる政策の流れについて、「イデオロギー」の概念を用いて政策転換の意味を明らかにしようとしたものである。討論者の野口博史(上智大学)会員から、イデオロギーの変化と実際の政策転換が対応するのかなどの質問を含むコメントがなされた。フロア(23人)からも、外交政策の転換をイデオロギーで説明する意義など多くの質問がでた。金丸報告は、GRC制が政権党にとって有利に働いていることを、全体的な選挙データの数量的検証と個別事例の質的検証によって実証しようとしたものである。討論者の田中恭子(南山大学)会員からGRC導入時の人民行動党の意図と現実はどうかなどの質問が出され、フロアからは与党と選挙システムの関連などのいくつかの質問が出された。報告、質疑応答とも充実した分科会であった。

(田村慶子:北九州大学)

分科会D-7 日本外交史W・東アジアUの合同
 本分科会では、佐野方郁(京都大学大学院)、宮城大蔵(一橋大学大学院)両会員が、それぞれ「長崎国旗事件後の岸内閣の中国政策―国内対立、日米関係、ヨーロッパでの冷戦の緩和傾向を視野に入れてー」、「1960年代アジア秩序の変容と日本―マレーシア紛争仲介工作を中心にー」と題する報告を行った。
 佐野報告は、これまでの研究が岸内閣の中国政策を批判の対象とするか十分な検討の対象外とする傾向にあったという問題意識に基づき、岸内閣が「政経可分」を名目にしながらも実質的な「政経不可分」政策を試みたことを明らかにした。外交資料の公開も進みつつあり、最近に注目を集めつつある先駆的研究分野である。
 宮城報告は、賠償を端緒とする戦後日本の「アジア復帰」を戦後アジアにおける日本のはじめての政治的役割へと拡大する試みとして、1963年の池田首相によるマレーシア紛争仲介工作を考察した。アメリカによる冷戦の論理と東南アジアにおける脱植民地化の論理が交錯するなかで、戦前のアジア主義の負の遺産を引きずる日本のアジア外交を位置付けようとする野心的研究関心が注目された。
 いずれも、アジアにおける戦後日本外交にあたらしい分析視角を提示する、刺激的で先駆的な報告であった。しかし、それらは、日本による興味深いイニシアティヴではあったが、実際には実現をしなかった外交政策でもあった。今後、イニシアティヴの重要性を解明するのと同時に、それが実現をしなかったことが全般的日本外交理解にとってどのような意味を持つのかについての考察も深めていただきたいとの感想を持った。

(添谷芳秀:慶応義塾大学)

分科会E-6 東アジアV
 この分科会においては、台湾問題の諸側面を新たな視点から解明することを試みた3件の研究報告が行われた。清水麗会員(国士舘大学)の「1960年代の日台関係:64年の吉田茂訪台と円借款」は、1970年代初期の台湾の国際的孤立が台湾の当時の政策選択ではなく60年代の強硬外交の帰結であったとの問題意識から、60年代の日台関係における主要事象を分析した。信田智人会員(国際大学)の「陳水扁政権の誕生と日本の対応」は、1972年以降の日本の台湾政策を、政府のほかに政党政治家、経済界、メディアの立場にまで踏み込んで分析し、陳水扁政権の誕生による変化を論じた。伊藤剛会員(明治大学)の「台湾の民主化と米国の台湾政策」は、米国の政策展開を、米国が台湾海峡の「安全保障」と台湾の「民主化」という両立し難い政策目標を追求しているという観点から跡づけ、陳水扁政権の誕生による変化を分析した。
 討論者および会場から、清水会員に対しては冷戦と権威主義体制という国際および国内政治の文脈を考慮する必要性、信田会員に対しては日米の台湾政策における制約条件の違い、伊藤会員に対しては「戦略的あいまい性」の評価等の問題が提起され、活発な議論が行われた。

(高木誠一郎:防衛研究所)

分科会E-7 トランスナショナル
 トランスナショナル分科会ではこれまで多文化主義、NGO、エスニシティ、先住民などを課題として取りあげてきた。しかしジェンダーについては本格的な検討がなく、今年はこれにチャレンジすることになった。
 土佐弘之会員は理論的な立場から報告があり、まず20世紀と21世紀の国際社会の構成原理の相違を紹介した。21世紀では時間や空間が圧縮され、国家間の境界線なども意義が低下すると予想される。またウェストファリア・システムが変容し、国際政治の枠組みも変化することになる。ついで時間や空間の圧縮による歪みが生れ、また資本主義的システムの影響により、周辺部へのマイナス状況が出現するという。こうした中でグローバルな運動や市民社会の意義が高まる。またグローバルなレベルでのフェミニズムの運動や発言力が重要になるとされる。
 小ヶ谷千穂会員は東南アジアにおける女性移住労働者の権利確立のプロセスを紹介した。とくに女性移住労働者間では分断化される方向、そして共通項を見いだし連帯する方向という興味深い事例が議論された。
 討論者からは土佐会員にはフェミニズム理論との関係、危機論についての展望などが質問された。小ヶ谷会員へは東南アジアの事例から、どのような普遍化の作業が可能になるのか、という質問がだされた。参加した会員は50名近くとなり、理論と事例研究という相互に補完しあう報告を受け、有意義な分科会となった。

(加藤普章:大東文化大学)

* 今号に掲載できなかった部会、分科会の概要は次号に掲載する計画です。

《研究分科会責任者連絡先(2001年6月現在)》
:2001年度研究大会を機会に一部責任者の変更がありましたので、あらためて掲載します。

代表幹事:高松基之

◆ブロックA(歴史系)
@日本外交史(波多野澄雄)
A東アジア国際政治史(滝口太郎)
B欧州国際政治史・欧州研究(植田隆子)
Cアメリカ政治外交(高松基之/ブロックA幹事)

◆ブロックB(地域系)
@ロシア・東欧(岩田賢司/ブロックB幹事)
A東アジア(添谷芳秀)
B東南アジア (田村慶子)
C中東(酒井啓子)
Dラテンアメリカ(乗浩子)
Eアフリカ(小田英郎)

◆ブロックC(理論系)
@理論と方法(石田淳)
A国際統合(福田耕治)
B安全保障(土山實男/ブロックC幹事)
C国際政治経済(山田高敬)
D政策決定(長尾 悟)

◆ブロックD(非国家主体系)
@国際交流(阿部汎克)
(事務連絡先 : 川村陶子)
Aトランスナショナル(加藤普章/ブロックD幹事)
B国連研究(内田孟男)
(事務連絡先 : 山田哲也)
C平和研究(多賀秀敏)

◆地域研究会
@関西地域研究会(豊下楢彦)
A名古屋国際政治研究会(定形衛)
B九州沖縄地域研究会 (藪野祐三)

◆院生研究会
東京地区院生研究会(野崎孝弘)

故 佐藤英夫 先生に捧げる言葉

御家族の皆様、筑波大学、国連大学、日本国際政治学会の同僚・友人・隣人の皆様
佐藤英夫先生の早すぎたご逝去に衷心からの哀悼の気持ちを表します。
佐藤英夫先生は今世界中の多くの人々を悲しみの底に追い込みました。佐藤先生はいくつもの大学で学び、教え、研究してこられました。国際基督教大学、シカゴ大学、ブルッキングズ研究所、エール大学、筑波大学、国連大学などです。そのどこでも深い国際的な精神を植え付け、国際学術交流で獅子奮迅の活躍をなされました。
日本国際政治学会では理事長を務められ、その活動を飛躍的に国際化することに全力を尽くされました。全米国際政治学会との共同研究大会を幕張で成功裏に開催しました。学会改革でも尽力され、今日の盛大な学会の基礎をつくりました。今年から刊行されている学会の英文学術誌も佐藤先生の力強いイニシアティブなしには誕生しなかったでしょう。
私自身の佐藤先生との学術的な交わりは先生がエール大学で教えておられた頃に私がエール大学を訪問し、セミナーを行った時に始まります。その頃は髭を伸ばしておられ、アメリカ風にのびのびとやっておられました。先生が筑波大学で教育・研究に励まれるようになって少し経った頃、「現代政治学叢書」という全20巻のシリーズを私が東京大学出版会と編集する形ではじめましたが、国際政治の4巻は、いうまでもなく、佐藤先生の『対外政策』なしには考えられませんでした。しかも約束通り、一番早く原稿を完成する第一陣にはいっていただきました。
ブルッキングズ研究所時代から多くの著作をとりわけ日米同盟関係、貿易摩擦、そして国際政治一般について英文で発表されてきました。英語の確かさ、研究チームの運営など、佐藤先生は日本の学術的な国際化でいつも一歩も二歩も先に歩いておられました。筑波大学では国際政治経済学における多くの制度的なイニシアティブをとられました。国連大学ではややもすると希薄になりがちだった草の根との繋がりを日本の各地方での国連大学セミナーや全地球的な研究・研修プログラムで、画期的なレベルにまで押し上げました。
私が今年の三月半ば筑波の病院でお会いした時でも、佐藤先生は意気軒昂のいつもの佐藤先生でした。英文誌はがんばってくれ、学会50周年記念もいまから考えてくれ、というような叱咤激励を私に与えられ、さらには4月からは病室でゼミを再開するんだと、意気込んでおられました。
佐藤先生、トライアスロンのようなハードな人生を全力疾走しましたね。同世代の私としてもそう急ぐな、と申し上げるべきだったのでしょう。しかしながら、佐藤先生のその全力疾走は多くの人々の尊敬と感謝を集めています。御家族の皆様に衷心からの哀悼の気持ちを表します。

日本国際政治学会理事長
東京大学教授
猪口 孝

2001年5月5日

各種委員会からの報告と連絡

≪企画・研究委員会から≫

●2002年度研究大会は秋季(11月15-17日)に開催
 1999年度からこれまで研究大会を春季(5月)に開催してきましたが、2002年度からは秋季に開催することになりました。2002年度は、11月15日(金)から17日(日)までの3日間、兵庫県・淡路島の淡路夢舞台国際会議場で開催予定です(なお、2003年度以降はかつての秋季研究大会が開催された10月に開催することを希望しております。)
 研究大会の開催時期を秋季に変更する理由は以下のとおりです。@秋季ならば科研費等の施行が可能となり、こうした助成金を利用して、招聘外国人を加えた部会の設置が可能になること、Aこれと関連しますが、これまで日韓国際政治学会合同会議や日独会議などを研究大会とは別に開催してきましたが、こうした国際会議を研究大会に部会として組み込むことにより、準備負担軽減および参加者確保という点でメリットが期待できること、B企画・研究委員の交替が秋季であるため、委員の交替が行われる年度の場合、会員の方からの企画案の応募締切が現行の6月では、企画の最終決定を新委員会組織後の12月末まで待たなければならないという問題があることなどです。ご理解のほど、よろしくお願いいたします。

●研究大会における部会企画・報告の募集
 さて、2002年度研究大会の部会に関して、まだ早いかもしれませんが、会員の皆さまからさまざまなご提案やご希望をいただきたく思います。また、若い会員を中心とした自由論題(部会)についての報告希望も募集いたします。もちろん、ご希望の皆さま全員にお約束できるわけではありませんが、参考とさせていただきますので、よろしくお願いいたします。なお、部会報告についてはペーパー提出が義務づけられていることをお忘れなく。
 2002年度部会企画案・自由論題報告希望をお持ちの方は、以下の要領で応募してください。
(1)明記してほしいこと

 その他、企画・研究に関するご意見・アドバイスも大歓迎です。なお、分科会の企画・報告希望に関しては各分科会責任者を中心に運営されていますので、分科会責任者にお問い合わせください。

(企画・研究委員会主任 大芝 亮)

≪編集委員会≫

『国際政治』130号原稿募集(2002年5月刊行予定)
特集タイトル: 「現代史としてのベトナム戦争」
趣旨:ベトナム戦争が終結してから四半世紀が経過し、関連資料の公開や当事者の回想録の公刊が進んでいる。その上、冷戦の終結によって研究の脱イデオロギー化も進むことによって、ベトナム戦争像の多面的な見直しが可能になっている。そこで、本特集では、米国とベトナム自体での新しい研究動向に注目するとともに、中国やソ連などの社会主義国の動向、周辺の東南アジア諸国や日本、韓国の反応など、多元的な主体に注目してみたい。それによってベトナム戦争を米国・ベトナム関係だけでなく、より大きな国際政治史の文脈の中で相対化してみたいと考えている。
応募方法:投稿を希望される方は、論文テーマと趣旨を1000字以内にまとめて、2001年8月15日までに編集担当者(油井)までにお知らせください。その際、連絡先の住所、電話・ファックス番号、電子メール・アドレスを明記してください。そのテーマと趣旨を検討の上で、執筆をお願いする方には編集責任者からご連絡いたします。
 論文の最終締めきりは、2002年1月15日です。論文の長さは注を含めて400字原稿用紙50枚以内です。執筆要項は『国際政治』125号241−5頁を参照してください。
編集担当者の連絡先: 油井大三郎
東京大学大学院総合文化研究科附属アメリカ太平洋地域研究センター

『国際政治』第131号原稿募集(2002年10月刊行予定)
 『国際政治』第131号の特集論文を次の要領で募集します。
 特集タイトルは「ラテンアメリカ―民主主義の実相」(仮題)です。ほとんどのラテンアメリカ諸国は「民主化」を達成して21世紀を迎えました。しかしその「民主主義」は多くの問題点も抱えています。本特集号では、ラテンアメリカの民主主義の実相および現在の政治のあり様を考察する論文を募集します。
 論文の具体的テーマとしては以下のようなものが考えられます。(1)ラテンアメリカの「民主主義」が抱える問題点を掘り下げるもの(たとえば、いまなお続く人権侵害、過去の人権侵害の清算、軍の文民統制、委任型民主主義、法の支配の不徹底、腐敗、麻薬・犯罪・暴力など)、(2)ラテンアメリカの政治のあり方の変容(国家・社会関係の変容、国際的ファクターと国内政治の交錯)、(3)国民の政治に対する態度(民主主義制度に対する態度、政党および代表制の危機など)、(4)選挙政治(選挙制度、選挙資金および政治資金一般)、(5)個々の政治的・社会的アクターの変容(たとえば、左翼、右翼、企業家、労働運動、カトリック教会、NGOなど)。
 投稿を希望される方は、論文の題目と趣旨を600字から800字程度にまとめ、自宅・勤務先の住所、電話番号、ファクス番号、電子メールアドレスなどを明記した上で、2001年7月末日までに編集責任者に、できれば電子メールにてご応募下さい。テーマとの関係を検討した上で、執筆をお願いする方には編集責任者からご連絡いたします。論文の最終締切は5月10日、原稿の長さは註を含めて2万字(400字詰原稿用紙にして50枚)以内です。なお、論文掲載の可否はご論文提出後に決定いたしますのであらかじめご了承下さい。執筆要領については『国際政治』第125号をご覧下さい。
編集責任者:大串和雄

『国際政治』への投稿について
 学会の機関誌『国際政治』では、ご承知のように毎号特集を組んで編集を行っていますが、それとは別に、特集とは関係のない独立論文を1〜2本掲載しています。会員各位からの積極的な投稿をお待ちしています。執筆にあたっては、『国際政治』125号掲載の「編集および執筆要領」にしたがって下さい。ご投稿いただいた原稿は2名のレフェリーの判定により、掲載の可否を決めさせていただきます。
 投稿ご希望の方は、国分主任宛にオリジナル1部、藤原副主任宛にコピー3部、竹田副主任宛にコピー1部をお送り下さい。枚数は50枚(400字詰め)以内で、投稿の期限はありません。
主任国分良成慶応義塾大学法学部
副主任藤原帰一(独立論文担当)東京大学法学部
副主任竹田いさみ(書評担当)獨協大学法学部

≪英文雑誌編集委員会より≫

 英文雑誌、International Relations of the Asia-Pacific の第1巻第2号が、予定通り本年8月に刊行されます。「ウェストファリア体制と主権」を共通テーマとする特集号となりました。また、創刊号では扱えなかった書評も、6冊分掲載することができました。今後恒常化していきたいと思います。
 猪口孝編集長のリーダーシップによって順調な滑り出しとなりましたが、今後の課題は山積しています。とりわけ、会員の優れた業績が日本語による独り言として世界で埋もれてしまわないために、英文雑誌が果たすべき役割は大きいと思います。そのためには、皆様方の積極的な投稿を頂戴することが不可欠です。また、論文掲載の過程でレフリー制度を採用しておりますので、レフリーとしてご支援いただくことや、書評へのご協力を頂戴することも重要です。
 また、限られた財政基盤のもとで英文雑誌を発行し続けることは、必ずしも容易なことではありあせん。会費の値上げをせずにこれだけのことを始めることが出来たのは、ひとえに、亡くなられた佐藤英夫元理事長をはじめとする執行部の諸先生がたの人知れぬご苦労があったからです。そこで会員の皆様にぜひお願い申し上げたいことは、先生方が所属する大学や機関で、英文雑誌の定期購読をお勧めいただきたいということです。それが、出版元のオックスフォード大学出版会と費用の削減交渉をする際の最大の武器となります。
英文雑誌は、日本語による機関誌『国際政治』と並ぶ本学会の2大発信媒介です。ご理解ご支援のほどよろしくお願い申し上げます。

(添谷芳秀)

英文誌―今後の展望―
本学会英文誌は順調な発展を遂げていると思います。創刊号が2001年2月に既に刊行され、第二号は8月に刊行の予定です。英文誌の成功に最小必要な要件は良質な論文のみを掲載すること、市場ニッチを巧みに形成していくこと、北米学術市場にアピールする内容をもっていることなどがよくあげられます。第一、良質な論文のみを掲載するのは複数の匿名レフリーによる評価を基礎とするだけでなく、優秀な学者がレフリーになってくれるかどうかによって掛かっています。この点で、本誌はかなりの成功をおさめています。どんな主題の論文でもかならずその道一流の学者を4人レフリーのうちひとりかふたりレフリーにすることに成功しています。第二、市場ニッチはアジア・太平洋地域を焦点をあてた国際政治学の学術誌は有力な対抗者がありません。そうだからといって学術水準について妥協しないというのが、本誌の特徴です。また、アジア・太平洋地域に焦点をあてるからといって他の地域について盲目であるとか、理論的論文や数量的論文を掲載しないというわけではありません。方法や概念についてはまったくオープンです。第三の北米市場へのアピールという要件は一見奇異に感じられるかもしれませんが、社会科学学術市場で北米は断然頂点に立っているのです。書籍も雑誌も、工業生産品や農業生産品などよりも圧倒的に北米市場が世界を圧倒している一極体制が貫徹しています。北米における大学などの図書館は一般的にほかのどの国の図書館よりも圧倒的に蔵書も多く、利用者に友好的です。本誌も北米市場に大きく食い込むことを企図しています。刊行してから2,3年の内に、世界中の図書館などの組織購読が150とか200になれば、本誌のような学術誌は最初の関門をこえることができると言われます。このような数字の7割から8割は北米市場になるのです。加えて、会員の皆様におかれましては、是非とも所属大学・組織が本誌を購読するように積極的な働き掛けを行われることを期待しています。この関門を達成することなしに、本誌のさらなる発展にブレーキがかかることになります。
 創刊号では理論的な論文がかなり多くなりました。これは戦略的なもので、北米の有名な学者の登場が是非欲しかったからです。第2号は国際政治学の主要な概念のひとつである主権を検討した特集号です。主権を新鮮な視点から捉え直す理論的な論文が多いですが、19世紀の中国や日本で国際秩序がどのように把握されていたかについて非常に興味深い論文も掲載されます。第二巻、第一号についてのかなりの論文がすでに採択されていますが、アジア・太平洋地域からの論文も次第に増加していることがわかります。しかし、アジア太平洋地域についても北米学者の強さは相当なものです。本学会会員からの投稿も次第に増加の趨勢です。なかなかの健闘といってよいでしょう。
 本会会員から投稿について問い合わせがときどきあります。論文の高度な内容にもかかわらず、英語に十分な自信がもてない会員もおられると思います。とにかく英語になっていれば、こちらでもしっかりとした英語に転換し、化粧することがある程度可能です。論文送付の上、私にご相談下さい。また、日本語やその他のアジア語でとても素晴らしい書籍が新刊された場合には、是非とも編集本部にご一報下さい。なんとかとりあげるようにしたいと思います。ご自身の新刊書籍を書評のために寄贈することを歓迎します。本誌は書評のための書籍を購買するのではなく、著者や出版社から無料で取り寄せられるものに限られます。日本語やその他のアジア語の書籍はほとんど手にはいりません。ご寄贈ください。
 学会誌編集は時間を奪います。とりわけ私のような大人になってから英語を習ったものにとっては学会誌編集はとても時間がかかります。とにかく細かいことが際限なくあります。とにかく毎日お手紙を沢山書きます。たまたま2000年11月から2年間は本会理事長を兼務しており、筆舌に尽くしがたい多忙な毎日を過ごしています。かなりの仕事が次第にルーティーン化してきているからとはいえ、フルに編集長をサポートするような専任の方は財政的にみていまのところ雇用できておりません。私自身、本会が英文誌を是非刊行したいというので編集の責任者として立ち上げて欲しいという要請に基づいて仕事を引受け、今日にいたっております。それも日本からも一流の学術誌を刊行し、日本にもアジアにも主要な思潮があり、重要な研究があるということを世界にもしらせることの出来る雑誌をつくってみたいという気持ちからです。この点本会会員の一層のご理解がいただければ幸いです。

(猪口 孝)

学会50周年記念事業について
本学会は2006年に創立50周年を迎えますが、50周年記念行事としてどのようなものがよいか、みな様のご意見をお聞かせ下さい。次のような企画も考えられます。
  1. 学会の歴史 刊行
  2. 研究の一端 刊行
  3. 記念行事 開催
  4. 国際会議 開催
  5. 会員名簿 作成
 学会事務局または運営委員へご意見をお寄せ下さい。

猪口孝 (理事長)

≪対外交流委員会より≫
 2000年秋に対外交流委員会を引き継いでから半年、現在のところ本格活動への準備段階といえよう。まず、2001年ISAシカゴ会議において、猪口理事長と共にISCCの会議に参加した。日本国際政治学会はISAと提携関係にあるが、そのISAは、全米組織であると同時に、国際組織でもあるという特色を持っている。従って、日韓などアジアだけでなく、中東欧などのヨーロッパから、真の国際連絡組織をつくるべきであるという議論が進行中である。当初ユネスコのもと、ISSCに参加する方式も考えられたが、本部訪問の結果はあまり積極的な反応がなかった。01年7月香港会議などで、ISAを含めた地域組織のより緩やかな連絡組織を目指す方向である。
 第二に、本学会が定期的に交流している韓国国際政治学会との日韓合同シンポジウムについて、次期理事長Woo教授より、 次回は韓国側が日本側を招待する順であり、2002年3月にでも日本側を招請したいこと、その際、01年の南北首脳会や02年夏のワールド・サッカー共同開催といった日韓関係の変化もあり、スポーツと政治、北東アジアの平和、朝鮮半島と日韓関係といったテーマで行いたい旨の打診があった。委員会としては韓国国際政治学会の提案を前向きに考え、具体案を練ること、またその後韓国側を日本に招請することについても検討すべきことを議論し、運営委員会、理事会の了承を得た。

(文責・下斗米主任)

≪2000年度決算・2001年度予算の会計部報告≫
2001年大会の理事会・総会において、2000年度決算・2001年度予算が承認されました。
その特徴は、1.会員の皆様のご協力による高い会費納入率とそれに基づく健全財政、2.学会事務センターに多くの事務を一括して移管した成果としての大幅合理化、および印刷製本費等の削減により、かなりの額の繰り越し差額を捻出できたこと、3.こうした繰越金と、国際交流特別会計からの資金捻出、大同生命・学術振興基金の補助金とを併せることにより、英文ジャーナル創刊の財政的基盤を、当面会費を値上げすることなく、少なくとも2000年度と2001年度の2年にわたり確保できたこと、です。
Oxford University Press へのドル立て支払いのためのドル預金、助成金や維持会費の増収計画、大会プロジェクトと組んだ大型科研費獲得の試み、印刷製本費のさらなる削減、など課題も多いですが、年間、和文誌3冊・欧文誌2冊というまさにグローバルスタンダードとしての学会誌の水準の高さを維持しつつ現行会費を当面維持し2000人規模の学会の健全運営を継続していくために、みなさまのご協力を是非よろしくお願いいたします。

(会計部:羽場久子)

≪事務局便り≫
1.2001年度の研究大会が無事終了しました。渡邊啓貴大会実行委員長はじめ大会運営にご尽力いただいた方々に感謝申し上げます。
2. 本研究大会を期して、2001年5月18日(金)から、本学会のウェブサイトを立ち上げ ました。原田至郎東京大学事務局副主任のご尽力をいただき、大会で報告された論文を期間限定でこのホームページからダウンロードできるようにしました。相当数の会員の方にご利用いただきました。まだ、ご覧になっていない方は是非ご覧になってください。URLは、
http://wwwsoc.nii.ac.jp/jair/
です。
3. 2001年5月18日(金)、午前10時から12時30分、かずさアカデミア・ホール105会議室において、第4回運営委員会が開催され、同日午後6時から8時にかけて、かずさアカデミアホール201A会議室において、第2回理事会が開催されました。各委員会から 報告すべきものを除くと、主な決定事項を以下の通りです。
(1) 第2回運営委員会で13名、第3回運営委員会で6名、第3回運営委員会で56名、合計75名の入会仮承認が行われましたが、これらすべての入会申し込みを第2回理事会で審議し、承認しました。
(2) 名誉理事推薦の申し合わせを以下のように改正しました。
1. 理事長は次の要件を満たした者を名誉理事候補者として理事会にはかるものとする。
(a) 各年四月一日現在七十才以上となった者で、理事または監事を通算十年以上つとめた者
(b) 前項に準じ、学会に多年貢献した者
2. 名誉理事としての取り扱いは、決定を行う理事会が四月から九月の間に 開催される場合は同年四月一日に遡って適用され、十月から三月の間に開催される場合は次年度四月一日から適用される。
(3) 上記申し合わせに従い、大畑篤四郎、武者小路公秀、宇野重昭の三名の会員の名誉理事就任(2001年4月1日付け)を承認し、理事長が就任を依頼することになりました。
(4) 2000年度決算および2001年度予算が審議され了承されました。
(5) 2002年度研究大会の時期を春から秋に移すことが審議され、決定されました。この決定に基づき、2002年度研究大会は、2002年11月15-17日に兵庫県「淡路夢舞台」で行うことに決定しました。
(6) 2006年が本学会の創立50周年であることから、記念事業について検討することを決定しました。本ニューズレターに会員の皆様にご意見を伺うアンケートを掲載しております。是非、積極的にご意見をお寄せください。
(7) 和文機関誌年3冊、英文機関誌年2冊を刊行する体制を会費値上げなしに維持するため、徹底的に合理的な財政運営をはかることが確認されました。
4. 2001年5月19日(土)午後3時10分-4時、かずさアカデミアホールのメインホールにおいて、2001年度総会が開催されました。上記理事会における決定事項などについて、理事長はじめ担当理事から報告があり、2000年度決算・2001年度予算を含めて、了承されました。
5. 2001年3月15日、佐藤栄一元理事が逝去されました。学会を代表して下斗米副理事長が葬儀に参列し、また学会から献花させていただきました。ご冥福をお祈りいたします。
6. 2001年5月1日、佐藤英夫元理事長が逝去されました。学会を代表して猪口理事長が葬儀に参列し、また学会から献花させていただきました。ご冥福をお祈りいたします。

≪編集後記≫
 今号は2001年度研究大会の特集としましたが、大会の豊富な内容を反映して、20頁の大部になりました。共通論題、部会、分科会の概要を一読しますと、3日間の研究大会において、じつに多方面にわたり膨大で密度の高い学術的交流が行われた事実がわかります。研究大会が年1回になって緊張感が高まったようにも感じます。
 次年度の開催は2002年11月の予定です。いっそうの充実を図るために、今年度の大会に関する感想、次年度の大会に関するご意見、あるいは昨今の学界の動向に関するお考えなどを積極的にお寄せください。適宜「ニューズレター」紙上に取り上げ、討論の素材にさせていただきます。
 最後に、ご多忙の中を部会・分科会等の概要をとりまとめて原稿をお寄せいただいた会員諸氏に御礼申し上げます。

(主任:佐々木雄太)

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「日本国際政治学会ニューズレターNo.93」
(2001年7月25日発行)
発行人 猪口 孝
編集人 佐々木雄太 
名古屋大学大学院法学研究科 佐々木雄太研究室
印刷所 (株)理想社
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